2022年5月19日 (木)

人生は選択の連続

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人生は選択の連続です。
後悔も含めて自分の生き方なら、後悔しない人生を送ることが理想です。しかし、これが難しいものです。

後悔したくない、後悔しないようにとはよく聞く言葉であり、誰れしもが思うことです。でも、何かを選択する時に後悔はつきものではないでしょうか。人生においてじっくりと比較検討してから、良い方を選び取ることなど不可能です。

後悔も含めて自分の人生、悔やむのではなくそれを糧にして、前へ前へと進んでいく方法を考えてみる・・・後悔はしたくない・・・また、後悔をしないように、とはよく聞く言葉です。ところが、AかBかどちらか一方を選ばなくてはいけない場合、どちらを選んだとしても後悔は付いて回ると感じた事はあります。

後悔はしたくない生き方をしたいが・・・
人は、Aを選んだら「もしBを選んでいたとしたら…」またはその逆の想像を必ずと言っていいほどしてしまうものではないでしょうか。そして、想像の中の選ばなかったもう一方というのは、輝かしく見えてしまうものです。

このAとB、買い物のような小さなものから、人生を決める大きなものまでレベルは違えど選ばなかった方の事を想像してしまう、というのは共通しています。

人生は選択の連続
人は人生においてどの仕事をするか、結婚するかしないか、子どもを産むか産まないか等、選択しなくては進めない事柄が本当に数多くあります。そのどれもが重要なものばかりです。

重要ではあるものの、この仕事を選ばなかった自分と選んだ自分、結婚した自分としなかった自分、子どものいる生活と、いない生活を実際に比較検討してから良い方を選び取る事は不可能です。

2022年5月18日 (水)

今日一日を精一杯生きる

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「今日一日を精一杯生きる」と、こう言葉にすると、今日できることはあれもこれもやってしまわなければ、ということではありません。

今を最大限に、五感でそして心で感じること・・・大切と思うことです。
与えられた自分の肉体を十分使って、見て、聞いて、においを感じて、味を感じ、肌に触れるものを感じること。それが感じられたら、「ああ、生きているなぁー」と実感できることです。人間が外界の刺激を感じる事が出来る五感で感じることです。
 
自分を取り巻くものを感じることで、自分が自分であることを実感する・・・それが生きることではないでしょうか。そして感じることを大切にしていたら、ある事で涙を流した自分…感動した自分、悲しかった自分…怒りを感じた自分…嬉しかった自分…を、その時々の自分をきっと愛おしく感じられると思うのです。
 
そして「明日は明日の風が吹く」という考えで・・・
今日はどんな事があっても、明日はまた、別のなりゆきになる・・・くよくよと心配しても始まらないと・・・考え方が大事です。明日のことは明日案じよ。明日に気がかりを残さないことです。

「今日一日を精一杯生きる」と、こう言葉にすると、今日できることはあれもこれもやってしまわなければ、ということではありません。

今を最大限に、五感でそして心で感じること・・・大切と思うことです。
与えられた自分の肉体を十分使って、見て、聞いて、においを感じて、味を感じ、肌に触れるものを感じること。それが感じられたら、「ああ、生きているなぁー」と実感できることです。人間が外界の刺激を感じる事が出来る五感で感じることです。
 
自分を取り巻くものを感じることで、自分が自分であることを実感する・・・それが生きることではないでしょうか。そして感じることを大切にしていたら、ある事で涙を流した自分…感動した自分、悲しかった自分…怒りを感じた自分…嬉しかった自分…を、その時々の自分をきっと愛おしく感じられると思うのです。
 
そして「明日は明日の風が吹く」という考えで・・・
今日はどんな事があっても、明日はまた、別のなりゆきになる・・・くよくよと心配しても始まらないと・・・考え方が大事です。明日のことは明日案じよ。明日に気がかりを残さないことです。

2022年5月17日 (火)

高齢者のボランティアのこと


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「高齢者がボランティア活動を行うことでメリット」
後期高齢者の私は、地域内の清掃活動していますが、子供たちから、お年寄りまで「お早う」「お帰りなさい」と"声かけ"を、心がけています。返事が返ってくると、何か嬉しく感じます。
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〇 生きがいを感じることができる
地域に貢献すること、地域の人の役に立つことができます。それにより、社会への貢献意識が芽生え、色々な人と交流を深めることで、生きがいを持つようになるのです。
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 〇 健康づくりに役立つ
テレビを見ている世代の中で高齢者が最も多くなっており、これは高齢者が家の中でじっとしている人が多いことを示しています。家の中にいることで、筋力がなくなり足腰が弱くなったり、老人性うつになったりするリスクが上がります。

高齢者にとって、ボランティア活動は外出のきっかけを与えてくれます。そのおかげで運動不足が解消され、同時に気分転換になりストレスも解消されるのです。

〇 地域とのつながりができる
ボランティアをすることで、地域の人と交流を深めることができるだけでなく、いざとなったときに協力を仰いだり、孤独死などのリスクを回避することができます。

高齢者は、地域福祉を支えてもらうだけでなく、ボランティア活動を行う高齢者自身の介護予防にも繋げられることができると思っています。

2022年5月16日 (月)

ひたむきに生きる

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人生は長いようで短いものです。
時間は刻一刻と時をきざみ、それは二度と戻っては来ません。いま、このときの一瞬を輝いて生きることです。

“真摯”な気持ちを持ち、“ひたむき”な姿勢で生きる
ただただ、今目の前にあることに一途に、一生懸命に取り組むということが大事で、あれこれ(自分の立場とか損得勘定とかいろいろ)考えず、ただ今目の前にあること、今やるべきことを一生懸命するだけ・・・それでいいのではないかと思います。
 
そのために苦手なことにも挑戦しなければならないことがあるかもしれません。もちろん得意なことは継続して続け、さらに磨きをかけることだと思っています。

人間は死ぬまで成長する
大切なのは、目標や目的をもって、様々なことを意識しながら生きることを身に付けるということです。苦労することや辛いことから逃げて、結果だけに一喜一憂するのではなく、どれだけ自分が夢中になって取り組むことができたかが、今後の人生を、生きていくうえでの大きな糧になると信じているからです。

ひたむきに生きる姿に、私たちは感動します。そして、その感動は人にパワーをあたえてくれるのではないかと思っています。そして、”ひたむき”な人とは、「感謝・謙虚・素直」この3つを兼ね備えている人だと思います。

困っているときに、見えない存在のサポートが入って状況が好転したり、何かを成し遂げようと取り組んでいるときに、運が味方したり、道が開けたりするのです。こんな人は・・・日頃から、謙虚で素直で、何事にも感謝を心掛け、“真摯”な気持ちを持ちで“ひたむき”に生きている人ではないかと思います。

2022年5月15日 (日)

心豊なか地域社会づくり

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「互いを思いやり、言葉を発することができる社会こそ心の豊かな社会」です。
「地域社会の連帯感の希薄化」などから、今日、地域社会の教育力の再生を促すことが極めて重要なことになっていると思います。

このため、あいさつ運動、環境清掃活動、交通安全活動、防災活動などの地域ぐるみの啓発活動に取り組むことが、大切と考えます。また、これらの活動を振興していく上でも、年中行事や祭り、伝統芸能の継承は、大変に意義のあることと考えます。

地域は、人間や社会、自然など色々なものと、つながっている持つことで、心が豊かになっていくのです。これからの社会・・・心豊かな、いわゆる持続可能な人間社会に貢献することを使命となっていると思います。

「考えること」はもちろん大事ですが、行動してはじめて物事が始まります。
SDGs エス・ディー・ジーズ(持続可能な開発目標 )「成長し続ける社会を実現するために、自分自身も成長し続ける」ことで心豊かな社会を目指す・・・という考えが大切と考えます。

というと大げさに聞こえるかもしれませんが、自分のできる範囲で構わいません。特に、自分の身の回りの環境に関わりを持ち続けることが重要です。

2022年5月14日 (土)

小欲知足の生き方

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私たちは、どれだけ物があってもまだ満足できなくて、あれが欲しい、これが欲しいっていう欲望を持ちながら生きています。「本当に貧しい人はいくらあっても足りなくて満足できない人」…南米のウルグアイの元大統領でホセムヒカの言葉です。

小欲知足の生き方
少欲知足とは「欲を少なくして足るを知る」という意味です。欲を少なくするというのは欲を我慢するということでもありません。いくら我慢しても自分の中に欲がある訳ですから、これは苦しみの元になります。我慢するだけもっと苦しいかもしれません。


「今与えられているものでもう充分頂いています。」という事に気づくと苦が少なくなっていくのです。でも、これと貧乏暮らしとは何の関係もありません。私は貧乏な暮らしをしろとは決して思いません。

何の病気や災いもなく、日常を過ごすこと暮らせたらそれで良いと思います。欲が少なくなるというのはお金や物に執着が無くなっていくという事です。執着が無いから貧乏になるかというとそうではありません。貧乏がお金が無いという定義ならば、執着が無くなっても貧乏にはなりません。逆にお金やものはもっと入ってくるでしょう。

『今が一番倖せさ、今が一番心穏やかに 健やかに暮らせている』と思えば、一日が満ち足りた気持ちで『感謝』と『ありがとう』の二文字を心に留めることができれば、何とも言えない小さいけれど満足感で温かい優しい気持ちになれます。

これが人として生きる最高の至福の時間を、過ごすということではないでしょうか・・・。最近、つくづくそう思いながら一日平穏無事に、暮せて床につくことができれば、何とも言えない心地よさが、自身を包み込むような気がします。

2022年5月13日 (金)

人間愛について

東京工科大学
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人間愛とは、「人間を尊重する精神」生命に対する畏敬の念に基づく人間理解を基盤として、他の人に対する「感謝と思いやりの心」を通して具現化されるものです。
 
特に思いやりの心は、自分が他に対して能動的に接するときに必要な心のあり方です。すなわち、他の人の立場を認め、いたわり、励ます生き方として現れます。
 
したがって、思いやりの心の根底には、人間尊重の精神に基づく人間に対する深い理解と共感がなければなりません。そして、単なるあわれみや同情ではないもの、それが人間愛です。他の人とのかかわりの中で、温かい人間愛の精神を深め、これを身に付けることは、 人間としてきわめて大切なことです。
 
このように考えれば、思いやりの心は、単なるあわれみと混同されるべきものではないことが分かります。他者の思いやりに触れ、それを素直に受け止めたとき、人は自ずと感謝の念を抱くようになります。そして、自分が現在あるのは、多くの人々によって、支えられてきたからであることを自覚するようになります。

2022年5月12日 (木)

「人間は一人では生きていけない」こと

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普段、特に意識しないで何げなく暮らしていますが、よくよく考えると自分の身の回りのものは、ほとんどすべての物が、自分以外の人間が働いて作ったものだという事に気付かされます。

このことから私たち人間社会は、お互いの人間関係によって成り立っており、人間関係無しでは生活していくことが出来ないということが理解できます。この社会で働いている人たちは、何らかの形で人の役にたつ仕事をしており、社会に貢献していると言えます。

逆に言えば、私たち人間が何のために仕事をしているのかというと、もちろんお金を稼いで生活するためですが、もっと本質的な理由は「人の役に立つために仕事をしている」ということです。

また、高齢者や病気など何らかの事情で働けない人たちは、健康で働ける人たちの援助によって、助け合って生活していかなければいけないのです。

人間がこの世に生まれ、生きている理由は「進歩向上するため」です。
そして、人間が進歩向上するためには人間社会の中で人と関わり、他人の役に立つ仕事をして、お互いに助け合うことを学ぶことが必要なのです。人はたった一人では生きては行けませんし、たった一人では進歩向上することもできません。そして、たった一人では生きている目的がなくなり、人間の存在価値もなくなってしまうのです。

2022年5月11日 (水)

人生楽もあれば苦もある

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「花のいのちは みじかくて 苦しきことのみ 多かりき」(林芙美子)
花は、ぱっと咲いて、ぱっと散る「長く残るのは苦しきことのみである」人生もその通りで、現実は苦しいことの方が多いと感じることです。
 
ある哲学者は、一生の終わりに計算してみて、楽しいことのほうが多かったか、それとも苦しみのほうが多かったか、その結果によって幸・不幸を決めるしかないかもしれない、と語っています。

どんなに地位があり、財産があっても、幸福をつかめない人はいます。どんなにすばらしい結婚をしても、いつかは愛する人と別れなければなりません。愛別離苦は避けられません。

どんなに有名人になっても、病気で苦しみきって死んでいく人は、たくさんいます。美しく生まれたために、かえって、人生を不幸にする人も少なくありません。いったい、幸福は、どこにあるのか? どうすれば幸福になれるのか? これが人生の根本問題であり、永遠に追求すべき課題であると思います。
 
結論的にいえば、「幸福は自分自身をどう確立するか」という問題です。どんなに幸福そうな環境にあっても、自分自身がむなしさを感じ、苦しみを感じていれば不幸です。

一般的に、幸福の条件というと、経済的に豊かであり、健康で、周りの人からも大事にされることなどが、挙げられると思います。こうした条件を、満たしているように見える人は、世間にも数多くいるでしょう。

しかし、本当に、それで幸せを満喫しているかというと、必ずしも、そうとは言えません。心に不安をかかえている人も少なくありません。これらは、相対的幸福であり、決して永続的なものではないからです。

どんなに資産家であれ、社会の激変によって、一夜で貧乏のどん底に陥る場合もあります。健康を誇っていた人も、不慮の事故や病に苦しむこともあります。さらに、加齢とともに、誰しも、さまざまな病気が出てくるものです。
 
人は、財や地位、健康、名誉など、相対的幸福を願い、求めて、努力するなかで、向上、成長していくことも事実です。しかし、崩れざる真実の幸福は、相対的幸福にではなく、絶対的幸福にこそあるのです。
 
絶対的幸福とは、有為転変する周りの条件に支配されるのではなく、自分が心に決めた使命、目的に向かって実践していくなかで生ずる、生命自体の充実感、満足感なのです。

2022年5月10日 (火)

人生の迷いは誰にでもある

昔のハイキングコース2
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生きていく上で、壁にぶち当たったり行き詰まったり、迷うことは誰しも一度は経験していると思います。そんな時、誰かの手が差し伸べられることはなかなか期待できないものです。どんなに行き詰まっても自分で打開していかなければ、今の状況を変えることはできません。

名言 松下幸之助
「迷う、ということは、一種の欲望からきているように思う。ああもなりたい、こうもなりたい、こういうふうに出世したい、という欲望から迷いがでてくる。それを捨て去れば問題はなくなる。」

捨てたいとは思いつつも捨てられない欲望。仕事に関すること、人生に関することなど、いろんな壁にぶち当たりながらも生きていく上で切っても切り離せないのが欲望であり、おのずと生まれてくるのが「迷い」です。

名言 坂本竜馬
「目の前のことを懸命に取り組むという選択肢もあり。夢中で日を過ごしておれば、いつかはわかる時が来る。」
 
迷った時、必ず変化をもたらさなくてはならないのかというとそうではありません。自分がそこから逃げたいだけかもしれないからです。でも、そこを踏みとどまって頑張った先に見えてくるものは、今の想像をはるかに超えるもののはずです。
 
迷った時、必ず変化をもたらさなくてはならないのかというと、そうではありません。自分がそこから逃げたいだけかもしれないからです。でも、そこを踏みとどまって頑張った先に見えてくるものは、今の想像をはるかに超えるものはあるはずです。

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