2022年6月18日 (土)

心の拠り所もつこと

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「心の拠り所」=「支えてくれるもの、頼みとするところ」を意味します。
「心の拠り所」を持っている人というのは、どんな時でもぶれずに自分を持っているように感じさせるものです。


心が折れるのを防いでくれる
毎日の生活のなかで、ときには悩んだり、疲れてひと休みしたくなることも、あって当然です。でも、誰かに心の内すべてを、話して相談するというのは、年齢が上がるごとに難しくなるものです。折れそうな心を支えてほしい、そんなときに大きな味方になってくれるのが「心の拠り所」です。

安心感を与えてくれる
「何があっても帰る場所がある」という確固たる思いがあると、人は強いです。「心の拠り所」とは、そんな、頼りにすべき対象でもあります。

そして、「心の拠り所」にしているものを思い浮かべるだけで、なんとなく安心感を得ることができます。その安心感は次につながる力を、きっとくれるはずです。

生きがいになる
「心の拠り所」というのは、何かあった時に、心を支えてくれるものであると同時に、慰めや癒し、気力を生み励みとなるもの、生きがいとなるものでもあります。

毎日をただやるべきことだけやって、淡々と過ごすのではなく、少しの時間でも「これが私の生きがい」と思えるようなことに時間を使うことができれば、充実度が上がり、毎日を輝かせることができるでしょう。

2022年6月17日 (金)

言葉は心を伝える

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言葉は意味を伝えるだけでなく、心を伝えるものです。
温かい言葉は人の心を和ませま、冷たい言葉は人を傷つけてしまいます。多弁である必要はなく、黙っていても気持ちが通じることだってあるのです。

でも、せっかく、家族や地域・社会あって、生活出来るのだから、温かい言葉を交わしたいものです。いま、生きていられることに、感謝を言葉にして表すことが大切だと思います。

「オアシス」で・・・
「おはようございます」・「ありがとうございます」・「失礼します」・「すみません」自分の意思を示すことが、よりよいコミニケーション基本だと思います。

そして、人との縁を大切に、まわりの人を大切に、感謝の気もちを大切に、心を大切に・・・・するために、言葉を大切に・・・温かい言葉は、相手の心を和ませるとともに、自分の心をやさしい気もちにしてくれます。

人と自分の心を幸せにする言葉を交わせたら、とても幸せでしょう。そのためには、まず自分から、人の心を幸せにする言葉を使うことでしょう。

その前に、自分の心を幸せにする・・・「嬉しい」・「楽しい」・「良かった」・「幸せ」・・・言葉遣い(心がける)だと思います。人を幸せにする言動は、幸せな心から生まれるのだと思います。

2022年6月16日 (木)

善悪について

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人間の心は本来清らかなものなのです。ではなぜ、人間は悪いことをしてしまうのでしょうか? 本来の心が清浄ならば、悪いことはできないはずです。そう思われるのも当然でしょう。しかし、人間には欲があります。 その欲が悪いことをする原因なのです。 
 
「自性清浄心(じしょうしょうじょうしん)」という言葉があります。自性とは「先天的に備わっている」という意味です。つまり、私たちの心は本来清らかで澄みきっているのだと考えるのです。
 
私たちは既に「清浄心」を有していますが、その宝石のように澄んだ心は、欲望や迷いに取り囲まれていて見えていないのです。原石のガレキを剥離して磨きぬいた奥底に宝石が発見されるように、心の中に渦巻く欲望や悩みを取り払えば、「自性清浄心」に気付くことができるのです。

このような心を研磨する作業こそ仏道修行であり、その修行法とは、先ずは自身の罪業を懺悔することです。自分が知らず知らずのうちに犯した罪の存在を認めて、至心に懺悔できる人こそ、清らかな心を磨き出すことができるのです。
 
生きるために欲望は必要です。悩み苦しみ欲望を満たすことも、人生の醍醐味であります。しかし、それは真実の安楽ではないのです。欲望を無くすことは不可能ですが、欲望を満たし続けていると更に悩みの坩堝に嵌ります。正しく欲望をコントロールして、清浄心にまとわりつく煩悩に打ち勝つという勇猛心をもって生きたいものです

2022年6月15日 (水)

生きて行くことにバランスが大切

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生きるとは、綱渡りをするようなものです。一番大切なのは、バランスです。
綱渡りをするときは、両手を左右に大きく広げて、釣り合いを保ちます。バランスが取れているからこそ、きちんと前に進めます。

偏りが大きくなりすぎると、綱から落ちてしまいます。落ちると、大けがです。しばらく動けなくなるでしょう。落ちてからでは、遅いのです。他人事のように思えますが、自分にも関係する話です。実は、今誰もが、綱を渡っている最中で・・・人生という名の綱です。

調子はいかがですか?
「なかなか前に進めないなぁー」と感じるなら、バランスが偏っているからではないでしょうか。綱渡りをするときに大切なのは、やはりバランスです。バランスが取れていないと、なかなかうまく前に進めません。

バランスこそ、安定です。安定した人生を送るためには、バランスが必要です。今なら、まだ間に合います。いま一度、生活を振り返り、バランスを整え前に進みましょう。

2022年6月14日 (火)

人生は苦である

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「生・老・病・死」とは、仏教用語です。
生まれること、老いること、病気になること、死ぬことの四つの苦のことを言います。苦は「苦しみ」という意味ではなく「自分の思うようにならないこと」の意味で、生きている限りは避けることのできない、この世での人間の苦悩のことです。

苦しみをなくす方法・・・ズレをなくせばいいのです。
ズレのなくし方は二つ。一つは欲望を満足させるために現実を変えること、もう一つは欲望をなくして現実を受け入れることです。老・病・死については、現実を変えられないので、欲望をなくして現実を受け入れるしかありません。

「人生で大切なこと」に集中すること
毎日やることばかりで、自分のやりたいことに時間が取れない・・・。本当にやりたいことに集中することですが、今の延長でさらに、頑張るだけでは難しいでしょう。

今の生活や習慣を変える
生活や習慣を改善していくためには、「減らす」「増やす」を調整しなくてはいけません。「人生で大切なこと」に集中すること不要なことを減らすこと・・・無くすことです。片づけの本質は、整理整頓ではなく、「減らす、捨てる、手放す」ことにあります。

心の片づけ
スケジュールの片づけも同じで、捨てること自体に、片づけの難しさがあるのは言うまでもありません。嫌われたくないから・・・適当にしていると思われたくないから・・・失敗したくないから・・・安心したいから・・・後悔したくないから・・・という心理的な要因が手放すことを躊躇させます。さらに、生活を改善していくためには、不要なものを「捨て」た上で、必要なものを「増やす」ことが大切です。

2022年6月13日 (月)

認知症になったら・・・怖い

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認知症になったらどうしよう……。
健康を維持しながらゆっくりと年を取っていきたい…。
できれば認知症にかからずに健康に過ごしたい…。長寿が当たり前になっている今だからこそ、病気にかからずに健康を維持するには、どういった暮らしを送ればいいのか・・・。

実際に、認知症にかかる人はどんな特徴を持っているのでしょうか?以下のような生活習慣をお持ちの方は認知症にかかるリスクが高いということだそうです。

〇 乱れた食生活
〇 運動不足、睡眠不足
〇 喫煙
〇 過度なストレス
〇 生活のリズムの乱れ
これらの項目にあてはまるものがある方は認知症はもちろん、さまざまな生活習慣病・その他の病気にかかるリスクが高くなってしまいます。今から食生活、生活習慣を見直し早めの予防を心がけていくことです。

一般的に「怒りやすい・短気な人」「小さなことを気にすぎてしまう人」「協調性のない人」は認知症にかかるリスクが高いと言われています。
 
怒りやすい・短気な人
すぐに怒ったり、イライラしたりしてしまう人は、その頑固な性格から、周囲と円滑なコミュニケーションをとることが難しい場合があります。些細なことでも怒鳴ってしまったり、自分が納得できないことがあったりして、人に当たってしまうなど、周囲の人たちとうまく関係を気づけない人に関しては、徐々に社会的にも孤立してしまう可能性もあるでしょう。人とのコミュニケーションや関わりが減ってしまい、脳の老化が進み認知症につながってしまう要因となると言われています。
 
小さなことを気にすぎてしまう人
気にしすぎてしまう人もまた、認知症のリスクにつながってしまう場合があります。小さなことや、人から何気なく言われたことを気にしすぎてしまう人のなかにはいつも周囲のことをが気になり、敏感で傷つきやすくストレスを受けやすい性格の方もいます。ネガティブな思考にとらわれ、小さなストレスが蓄積されていくと、鬱傾向に陥ることもあります。鬱は認知症予防にとってはリスクです。
 
協調性のない人
また、協調性のない人も、周りの人と一緒になって動くことが苦手という面から人とのコミュニケーションの場が減ってしまいます。人と交わることがあまり好きではない人は一人で行動することが多くなり、他者との関わりや会話が少なくなってしまうと認知症の発症リスクを高めてしまうといえるでしょう。

2022年6月12日 (日)

今を大切に生きる

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世界中揺るがしている、新型コロナが、少し落ち着いたと思えば・・・ロシアのウクライナ侵攻…戦争はどうなるのだろう?・先が見通せず、心配や不安が尽きない世の中に生きる私たちです。

緊張状態が続き、行動を制限され・・・。社会全体が大きく変わろうとしている・・・。そんな状況でも、「今」に立ち返ることで、気持ちを乱されることなく、心を落ち着かせことは、とても大事なことです。

「今」を、大切に生きる
一触即発の世の中であるにもかかわらず、みんな無関心?でもいざ戦争が始まると慌てふためく。自分のことしか、考えてないから平気でいられるのでしょうか・・・。

私は、子供のころですが、戦争で、ひもじい・怖い・苦しい・悲しい…を経験しています。自分が生きている地球の上のすべての人が飢えず、すべての子供が元気に学校に行ける、そういう時代が来ないと、本当の幸せとはいえません。

自分さえ良ければ思想・・・自分は健康で、おいしいものを食べ、自分だけよい気分で、それで結構という思想が、戦後の日本に広まってしまったと思います。

戦後、日本は知識だけを教育しました。知識偏重教育の結果が現在の荒廃です。知恵を教えずに、知識だけを教えてきた。その教育をまだ守り続けている・・・これは問題です。

想像力がなければ・・・思いやりもない。
相手が何を欲しているのかわからない・・・だから、戦争をしたらどういう悲惨なことが起こるのか・・・という想像力があれば、とても恐ろしくて戦争なんてできないはずです。

2022年6月11日 (土)

私たちの町の自然は私たちで守る

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先人たちの守ってきた、私たちの自然豊かな町を、一人ひとりが力を合わせて、守り…育て…持続可能な社会を後世に引き継ぐことが、私たちの責務と考えます。

地球環境は確実に悪化しています。ちょっとの気の緩みで、町の道路・公園はゴミが、目立つようになります。掃除は市で行う・・・町でで行う・・・誰かがやる・・・小さいごみだから・・・などでポイ捨てはだめです・・・。

私たちの町の自然環境を守るために、私たち一人ひとりが、自然環境を守る意識し、行動しなければなりません。でも-「環境が悪くなっているのはわかるけど、私たちに何ができるの?」そう思われる人、多いと思います。

「環境美化活動」
「私たちが住む町を私たちの手できれいにして、住みやす町にしていきましょう」小さなゴミ・面倒だから空き缶・ペットボトルのポイ捨ては止め、たばこをすう人のマナーを守ることです。でも、みんながやっている?人が見ていないから?なのでしょうか・・・なかなか減りません。

住んで良かった町にするには、歩きタバコやポイ捨てなどのたばこを吸う人のマナーをよくして、より良く住みやすい町にするために、ゴミのポイ捨て、タバコを吸う人に「町の美化」の認識を持って頂くことです。

また、小さなゴミだから・・・面倒だから・・・みんながやっているから・・・人が見ていないから・・・など、自然環境問題は、世界でも大きな問題となっていますが、そんの関係がない?と思っておられる人は自分の行動を見直して欲しいものです。

小さな行為でも、自分が苦しむことことになるのです。私たちの町の美化は、私たちで守ることで、地球の自然は次世代に引き継がれられるのです。

2022年6月10日 (金)

心の広い人

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「心の広い人」とは…辞書では、「大らかな」とか「度量が広い」「寛容な」というような表現となっています。
 
「どんな物事や人でも、大らかに受け入れられる人」と思います。
生きて行くには、人とのコミュニケーションは欠かせません。人と人が接すればそこには必ず何かしらの摩擦が生じます。人と接することの喜びがあるのと同時に、人と接することは、ある意味ストレスの大きいことでもあります。
 
「心の広い人」は、何でも許し受け入れるということだとしたら、相当我慢強い人であるといえるかもしれません。でも実はそうではないのです。「心の広い人」は、何でも許して受け入れるのではなく、「違いを認められる人」なのです。
 
「人はみんな違う」ことを知っている
人はそれぞれ育ってきた環境も、性格も、考え方も、能力も、見た目も何もかもが一人一人違います。誰一人同じ人間はいませんよね。これは血のつながった家族でも同じです。だから、意見が合わない、対立することは当たり前。気が合わない人の方がほとんどなのです。
 
気が合う人がいたら奇跡・・・です。
最初から、意見が合わない、気が合わない人がほとんどで、「もし分かり合える人がいたら、それは奇跡!」くらいに考えておけばいいのです。
 
人が変わることには期待しない
理解に苦しむあの人、何度も言っているのにどうして変わってくれないのだろう。でもちょっと待ってください。みんなそれぞれ自分の思いで、自分の考えで、自分の物差しを使って判断をしています。誰もが自分が正しいと思ったことを言い、行動しているだけです。
 
自分が正しいと思っていれば、自分の意見を変えることはできません。他の人も同じように考えていることでしょう。人を変えることはできません。

2022年6月 9日 (木)

心の老化

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「長生きは目出度い」
しかし、どうもそうとも言えません。少子高齢化の時代、若者達にとって、年寄りに何時までも“ぐずぐず”長生きされるのは、迷惑なことと思う人もいるのではないでしょうか?

老化は、生きていれば、誰でも避けることは出来きません。自分の老いを認識せず、何時までも若いつもりで無理をし、結果失敗をしたりします。

大事なのは、自分の老化の程度を予め知っておくことです。身体的な老化は比較的分かりやすく、立ち上がる時に思わず、「どっこいしょ!」と言い始めたら老人の仲間入り?間違いなしです。

「心の老化」
それに比べて心の老化の方はちょっと解りにくいものです。八十、九十になっても前向きに溌刺として居られる老人を見ると、こういう人には精神の老化はないのではないかとさえ思われます。

しかし、毎日していることが、結果が見えてこない?・・・いくら努力しても結局は意味がなく、もうやるのもだるいと思ったときが、心の老化の第一歩です。見た目だけでなく、心の中から諦めが漂い始めるのです。

また、「最近の若者は‥‥」と、非難を口にしたくなる、ということがあります。若者にもいろいろあります。それを一括して、こういう言い方をするのは、老と若とを対立的に考え、自分の身を「老」の方に置いていることを意味します。

これは立派な老化現象です。二十代、三十代の相当若いうちから、「最近の若者は」などという者もいます。こういう人達は相当早くから精神的老化現象が始まっているので、「自覚」は必要であると思います。

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