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2022年3月 2日 (水)

行動は損得でなく善悪の判断で・・・

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行動は「損得ではなく、善悪の判断で・・・」
判断基準が「損得」ではいけないということです。自分にとって得だからやっておこうとか…こんなことしても損するだけだからやめておこう…という考え方には常に「私心」が付きまといます。

「私心が勝るところに、公共性は生まれない」
私心や私欲、損得勘定を持っていては、人の心を理解することはできません。「善悪の判断」を支えるものは何なのか、一体何に照らし合わせて善悪の判断を下せばよいのでしょうか…
 
もめ事や警察沙汰を裁く裁判には、法律があります。法律に照らし合わせて、これは正しい、これは間違い、と判断していく訳です。
 
善悪は何を基準にするか
それは、理念や方針ということを超えて、その人、まさにその人間が、何を考えて、何を正しいと感じ、何を理想として目指しているのか、という、「人生・生き方の理念」そのものであるということです。
 
世の中の常識や倫理観というものは、明文化されて何かに記してあるわけではありません。 それぞれの人が生きていく中で、「どうすればお互いがいやな思いをせず、平和に、穏やかに過ごしていけるのか」ということに取り組んだ結果、暗黙の了解として生まれてきたものが、常識や倫理観です。
 
そこには、「人としてどう生きるべきか」「より良い人生とは何なのか」という、それぞれの人が意識的・無意識的に持つ、哲学的・観念的な「人生観」が大きな影響を及ぼしていると考えられます。つまり、「どう生きるのか、どう生きたいと考えているのか」ということに尽きるのです。

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