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2022年3月 1日 (火)

生まれ育った地区を懐かしむ


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             左が兵衛川 右が湯殿川
私は、湯殿川と兵衛川の交じる(落合う)場所付近の農家に昭和10年代前半に生を受けました。

東京都南多摩由井村片倉でした。京王高尾線は、多摩御陵までの単線で、京王片倉駅はありました。JR横浜線(国鉄)片倉駅は片倉信号所で、単線であったための交換するだけでした。

湯殿川・兵衛川と暮らしが、密接なつながりがありました。水田への水の取り込み・野菜などの洗い・洗濯などです。また、川には、多くの種類の魚・昆虫など、今では幻となってしまった生物が沢山いました。

昭和40年代に湯殿川は護岸工事が行われ、私が子供のころと大きく変わってしまいました。現在は、河川管理通路として、住民が利用していますが、管理は、南多摩西部建設事務所で行っていますが、ゴミなどの不法投棄がなくなりません。管理通路を利用している、地域の住民のモラル・マナー問題です。

そして、川は改修が進み、環境が変り、そこに棲んでいた生物がいなくなってしまったこと、田んぼがまったくなくなり、寂しい思いがします。昔のいた魚や昆虫が棲める環境が、懐かしく想いだします。

自然とのふれ合いによって人に優しい人間作りが出来る・・・「環境を守る」ことは、人間とって、とっても重要なことだと思います。

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