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2022年2月 1日 (火)

時間は止まらない

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鴨長明『方丈記』の冒頭に・・・
「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し」

〈現代語訳〉
流れ過ぎる川はけっしてとどまることなく、しかしまた(流れる水は)もとの水でもない。よどみに浮かんでいる水の泡は、消えたり生まれたりを繰り返しながら長いあいだとどまっていることもない。

世の中にあるひとと家とも、この流れと同じようである。鴨長明の「方丈記」…「ゆく川の流れは絶えずして、しかも元の流れにあらず、淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例しなし」といっています…。

時間は「川の流れ」ではなく、それを測定する「物差し」「尺度」です。
時間そのものは流れたりしません。時間が流れるというのは、錯覚です。時間は「物」ではありませんから、「何が原因で時間ができて、時間が動き出したのですか?」なんて質問はナンセンスです。時間は「できるもの」でもなく、「動き出したり」するものでもありません。

「時は止まらない・・・立ち止まらない」
人もおなじ・・・呼吸は止まることなく、動き続けている・・・それは、自分が動かしているわけじゃない・・・。誰かが心臓を動かしてくれているの? 誰が呼吸をし続けてくれているの?
 
「私たちは、生かされている尊い存在」
宇宙自然の中で、生かされている…命をいただいている・・・だから、生きてるみんなが尊いのです。ひとりとして例外なく・・・。
 
「せっかくいただいた命を、どう生きるか…です」
人生100年と言われる時代・・・「おもいっきり楽しもう!」「おもいっきり最高の人生を生きた!」と胸を張って言えるように・・・そりゃ…楽しいことばかりではない…かもしれないが・・・

「大丈夫!」・・・誰かが必ず、見守ってくれているから・・・み〜んな独りじゃないんだよ……。

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