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2021年12月29日 (水)

人間の生きる原点を考える

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誰もが大切であると認める生命……
大切なものなら、ずっとそのままでいてくれたらいいのにと思いますが、必ずいつかは消える仕組みになっています。生命ははかなく、いずれ必ず消えてしまう、寿命や他の原因で死んでしまうことを、私たちは知っています。

私たち人間は、他の命を頂いて生きていられるのです。
今日の食事は何でしたか?ご飯、パン、お肉、魚、野菜……野菜や植物も生命があり、その生命をそれぞれの一隅で立派に生きていたに違いありません。

厳しい見方をすれば、いくら人間が共生と声を上げて主張しても、生命を大切にと訴えても、私たちは他の生命を奪わずには生きていけないのも明白な事実です。またこのことは大自然の営みにおいて、生きもの同士の連鎖があるように、他のどんな生きものも同様です。

一方、他の生命を奪うという点に関しては、結局は人間の身勝手であり、エゴです。そもそも常日頃からどんな生きものの生命も、できるだけ失わないように努めなければなりません。そうは言っても、食事を取らないと飢え死にしてしまいます。

また樹木を伐採して家を建てたり、家具を調製したり、緑の山野を、宅地開発を行ったりしていかなければ、人間の住むところが足りません。人間が自然を犠牲にしなければ生きていけないという宿命と、現実は心に留めるべき痛みと言えるでしょう。

だからこそ、いろいろな生命の恵みによって生かされている…そのおかげをいただいている…という感謝の心を持ち、そのような人間らしい反省の中から、私たちは分相応ということを、意識しなければならないということです。

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