« 今を精一杯生きる | トップページ | 小さな親切・大きな喜び »

2021年6月24日 (木)

美しい花をみて思う「世の無常」

画像 214
はかなくて過ぎにしかたを数ふれば
           花にもの思ふ春ぞ経にける」・・・式子内親王

花を見て物思いにふけって、とりとめもなく、過ごしてきたものだ。「衰え老けゆく」「亡くなる」「はかなし」「常なし」です。はかなく過ぎ去ってしまった年月を数えると、花を思う春ばかりが思いに残っています。

最近、自分自身に、体力・気力が衰えを感じ、いつの間にか私の周りに、住む先輩たちが少なくなり、私たちの年代の人が長老?となってしまったのです。世の無常と、儚さを知って、人は自然を愛おしみ、故郷の風景に心をよせる様になってきました。
 
時は流れ、あらゆるものは変化します。
この人生に永久不変のものは何一つありません。だから、今日の幸せが明日の幸せとはかぎらないし、今日ここにあるものが明日ここにあるとはかぎりません。
 
自然についても、それは同じです。一見、自然は悠久不変のように思えますが、私たち自身との関係から眺めれば、自然の事物は一つとして同じままであることはできません。
 
人は同じ川を二度渡ることはないのです。たとえ今日渡った川が昨日と同じ場所にあったとしても、流れる水は昨日と同じではないし、渡ったわれわれ自身も、厳密にいえば昨日のわれわれ自身ではないのです。
 
もっと大きな時の流れの中で変わるものに、風俗習慣がありますが、人はそれに合わせて生きるしかないのです。しかし、変化の中にも変わらないものがあります。
 
個人にとっての変化も、個人を越えて大きな見地で、眺めれば同じことの繰り返しにすぎません。循環する四季のごとく、繰り返すのが世の中の常であり、人間の歴史です。

« 今を精一杯生きる | トップページ | 小さな親切・大きな喜び »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 今を精一杯生きる | トップページ | 小さな親切・大きな喜び »