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2021年6月29日 (火)

地域のコミニティを考える

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今は、誰も他人のことを思いやらなくなった。そして、思いやるゆとりさえなくしてしまったのです。そして、他人と関わり合うのさえ”いや”になってしまったのです。

親は子の世話をしなくなり、子は親の面倒を見なくなった。足りなくなったところを教育制度や介護制度、福祉制度に求めるようになった。会社は、会社の都合だけで社員を雇い。社員にとって会社は、生活費を稼ぐだけの場でしか過ぎなくなったのです。

国へ国民は、要求だけをして国に尽くす事を忘れてしまった。
誰の助けもいらぬと言う社会は、社会としての本質的機能、相互互助の精神を失ってしまう。そうなってしまったら社会など不必要です。

人と人との関わり合いの中で、社会は形成され、また必要とされるのです。人と人との関わりそのものを否定し、喪失したら、社会なんて無意味なものになってしまいます。
 
何が、自分たちに必要なのか?何を、依って立つべきなのか・・・。昔の人たちは、もっと単純明快に理解していました。助け合って生きてきたのです。重要なのは、単純明快さです。今の時代は、複雑怪奇になりすぎて、自分たちが依って立つ基盤をも見失いつつあります。

中央集権化されすぎたために、自分たちにとって大切な意思決定が自分たちからかけ離れたところで行われるようになってしまったのです。政治や経済とは、本来、自分たちの身近な生活の延長線上で捉えるべき事柄なのです。

子供達の教育も生活に必要な事も、根本は、自分たちの郷土をどの様な社会にするのかという構想です。だからこそ、環境も大切にすることができるのです。

大切なのは郷土愛
その上にたって、その土地に生きていく人たち、地元で決めていくべき事なのです。つまり、日常生活の一環なのです。それがなければいかに土地が荒廃しても開発を優先するでしょう。経済は栄えても、土地は荒廃していくということになるのです。

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