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2021年1月19日 (火)

老いを考える

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老いは他人事ではなく、自分自身の問題です。
「人生100年時代」といってもけしてバラ色の人生ではない。国も家族もあてにはできない御時世だからこそ、老いについて各人がよく考えていかなければならない、時代がきたということです。


たとえば、「高齢者は孤独なのではなく、毅然としているのだ。」「無力なのではなく、おだやかなのだ。」「依存的なのではなく、親しみやすいのだ。」「外見に魅力がないのではなく、内面が深いのだ。」そして、「頭の回りが鈍いのではなく、思慮深いのだ。といったふうに・・・。

また、老人になると物忘れがひどくなり、呆けてくるという偏見に対しては、熱意と活動とが持続しているかぎり、老人にはその知力がとどまっているのだと。

さらに、肉体的能力の衰えについては衰えをまったく否定するわけではなく、むしろ老年にふさわしい肉体的健康をポジティブに受け入れることが大切。良くも悪くも高齢化社会となった現代において、「どのようにして老いていく自分と向き合うか」が一人一人に問われていくことになってます。

人は、一人で生まれ、一人で死んでいく。。。時代の流れと変化は速い。毎日の変化には気づかなくても、年単位で振り返れば、自分の姿の変化に驚きを隠せない。残される命の短さに気づくと、寂しいなどという感傷に浸っていられない。

先を憂えることなく、今日を一生懸命生きる。できそうでできないことだが、目指したい。結局、何歳まで生きるかではなく、「今をどう生きるかにつきる」・・・です。

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