長生きして良かった
年老いて思う。
生きることはときに楽しく、ときに悲しいものです。老いや病気を避けることはできません。そしてだれもが必ず人生を終えるときを迎えます。でも人は、そうした場面のなかで心を豊かにできるものなのです。老いとは、たくさんの鎖から解き放たれる実感でもあるのです。
今年も桜の季節です。
来年も、この花を見られると無意識に思っていた若い時よりも、今年のこの花が見納めかもしれない…来年の花は見ることはできないかもしれない…そう思った時、花の色も形も枝ぶりも、その場に吹いている風の感触さえ、この上なく愛おしく思えます。
年齢を重ねることで、よりデリケートにして果敢な体験者、実践者、目撃者、伴走者になれる…私はそう考えています。
無常の風が吹くなかで。
確かにこの社会は、高齢者に優しくない?と感じる時があります。高齢者に優しくない傾向がある社会はそのまま、高齢者から最も年齢が離れた子どもにも、優しくない社会である、とも言えます。
それぞれの高齢者が長生きして、良かったと思える社会はそのまま、それぞれの子どもが、生まれてきたよかったと、思える社会であると私は考えます。
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