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2016年8月 1日 (月)

「傾ける耳」「涙する目」「差し伸べる手」

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10kanmonkyo11

グローバル化する現代社会では、価値観の多様化が、時には非常に深刻な対立や緊張関係を生み出しています。

価値観の違いによる対立や争いは、避けられないのでしょうか…普遍的価値規範を共有し、共生社会を構築することは不可能なのでしょうか。

価値とは…良いこと・悪いこと、好ましいこと・好ましくないことなどの程度を表し、私たちのものの見方の根底にあります。

規範とは…何をなすべきかという行為や判断の基準に関わることです。人それぞれの価値と規範は、地域や文化固有の信仰や慣習、政治体制などによって醸成されます。

グローバル化によって地理的・時間的「距離」が縮んでいる今、「私たち」と異質な価値観を持つ人と出会う機会は増えています。「かれら」と今後どのように共存・共生していくのかは、未来を考える上で大きな課題です。

これからの地域社会に必要な要素は、「傾ける耳」「涙する目」「差し伸べる手」!と言われています。

「傾ける耳」

まずは「耳を傾ける」ことにより、洞察力や理解力が深まるからではないでしょうか。意思決定もより適切に下せるようになり、相手を尊重し、安心感を与えることにもつながります。つまり、信頼に与える効果は計り知れないものとなるのです。

「涙する目」

人に頼る勇気をもつことです。

自分の奥底の気持ちというのは、人との触れ合いの中でわかることが多いものです。人に自分の気持ちを共感されて、はじめて人は自分の本当の気持ちに気付くのです。

「それは、辛かったね」「今までよく頑張ってきたね」と言って肩に手を当ててくれたら…あぁーこの人なら自分の気持ちをわかってくれるかも知れない。この人にいままで気付かないようにしてきた自分の本当の気持ちを見せてみよう。

この人に心開いてみよう。そして、受け止めてもらった時、今まで気が付かなかった自分の本当の気持ちに気が付く…すると、いつの間にか涙が出てくる。溢れるように流れ、止まらなくなる。

自分のこんな気持ちに一緒になって涙し、自分の幸せを本気になって応援してくれる人に巡り会えたことに、悦びの涙がとまりません。

そして、自分の今までの悲しみ、苦しみ、寂しさ、そしてその気持ちをずっと抱えてきた自分に、また涙が出てきます。辛かった、どうすることもできなかった自分に涙が出ます。

「差し伸べる手」

目の前に困っている人がいるとき、あなたはそっと手を差し伸べることができるでしょうか?

なんの見返りのない優しさを示すことができ、誰も見ていないし、誰も称えないかもしれない。打算も思惑もなく、自然に、ただ「助けないといけない」という気持ちを持つことです。

他人は他人、自分は自分…人が目の前で危機に晒されていて、あなたがひとつ手を差し伸べた分だけ、地域社会は良い場所になるはずです。

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