人と自然の関係につて
現在叫ばれている環境破壊や生態系撹乱などの環境問題は、人間のよって自然のバランスが乱された原因は、総括的に言えば人間のエゴによるものです。
そのエゴというのは、人間が、自分達が自然生態系の一部に過ぎないということを忘れ、目の前の自然を簡単に改変することによって、人間には自然を征服する力があると勘違いしていると思います。
従って、まず人間がしなければならないことは、自分達は、自然に対して所詮ちっぽけな存在であるに過ぎないと「認識」することだと思います。
自らの力を過大評価し、うぬぼれることをやめて謙虚な気持ちを持つ、ということです。そのような「認識」を持って初めて、人間が持続的な発展を遂げるため、自然との共生することです。
「共生」という考え自体が、人間と自然を同列にみなしているということで、おもいあがっているかもしれません。今の人間は自然に「寄生」している状態ですが、可能になってくるのです。
ただし、重要なことは、自然改変は人間の生存にとって必ず必要なものもある…ということです。従って、「不必要な自然改変はせず、本当に必要なことをできるだけ自然に影響を与えない形で実行する」ということが、人間に求められているものだと思います。
熊本での地震で思う
自然災害には、人間は、時に悲しいほど無力な存在です。
今回のような自然災害を考えますと、自然の力には人間の知恵では、どうにもならない、無力感を感じてきます。しかし大切なことは、この無力感にジタバタする事ではありません。46億年の地球の歴史を見れば、現代では想像もできない地殻変動があって、今があるのです。
そういった地殻変動を何回も繰り返してきた、この地球に生きていられたのですから、「有り難い」・「幸せ」であると思うことです。
人間は、然界のほんの一部をお借りして生きているだけなのに、人間はこの事を忘れて、自然すらもコントロールの対象にしたがります。その傲慢さが形を変えて沸き上がったものが、いわゆる無力感という感情です。
沸き上がってくる感情もまた、コントロールすることは出来ませんが、感情とどう向き合うかは、私たちに決めることが出来ます。無力さを受け入れることは苦しいですが、無力さを受け入れてはじめて、私たちは無力ではなくなるのです。
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