わが人生を考える
子の曰わく、 吾十有(ゆう)五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順(したが)ふ。七十にして心の欲する所に従って、矩(のり)を踰(こ)えず。
現代語訳
先生がおっしゃった。「私は十五歳の時、学問を志した。三十歳の時、何者にも動じない立場を持てるようになった。四十歳。迷いも無く、やるべきことをやったよ。五十歳でようやく天命を知るに至った。六十歳ともなると、人の話を素直にきける余裕も出てくる。七十歳。もはや心の思うままにふるまって、しかも道義から外れることが無い、こういう境地に至ったのだ。
これは中国の孔子の言葉です。73歳で亡くなりましたが、2500年前の人ですからその時代では長寿だった。日本は、超高齢化社会が急速に到来・・・平均寿命は、男性が80.50歳、女性が86.83歳(2014年)です。
今、この時代を生きるものにとっては、先行きの生活不安を思いながらも、長寿を願っています。自らの行く末や、親や伴侶の介護などについても、これほど多くの人々が思い悩むという時代はかつてはなかったことです。
かつて人生50年といわれた時代では、人は誕生から成人するまでの成長期の20年間を除くと大人期間は30年間を生きました。これにくらべて人生80年の現代では大人期間が60年を超えますから、2倍の人生を生きるという計算になります。
人生50年の時代では還暦をむかえることは人生の終焉を意味していましたが、今日の長寿の時代では、大人期間の中間点という思いを持つ人も多いようです。自分の思い通りにならないのが人生だとわかっているけれど、だれでも自分の5年先、10年先のことを思うものです。
稲盛和夫氏の名言
時代がどう変わろうとも、人間の本質は変わらないのです。誰しも人間は人生で善きことを追求し、後世に何か価値あるものを残すことによって、「永続性」を達成したいのです。
「仕事に打ち込んで、世の中の役に立つことができました。私は幸せです」と言えるような満ち足りた人生を送ることを、誰もが望んでいるのです。
私は70代後半ですが「生きているかぎり、人と社会の役立つ事をして…生きていたい」と考えています。
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