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2013年11月 1日 (金)

縁を活かす

162 時節は晩秋となりました。夜空を見ていたら、流れ星が・・・サーと輝き流れて消えた・・・私の一生も、その流れ星と同じような気がしてきました。この世に生を得て、長い?こと生きてきましたが、やがて輝きが消える瞬間があるのだと・・・

我が身を振り返ってみると、決して平坦の道ではなかった。あの時あの苦しみをよくぞ乗り越えてこれたものだ。あの辛さによくぞ堪え忍ぶことができた。

悩みにうちひしがれて苦悩のどん底に落ち込んでしまうところであったが、何とか歩んでこられた、などと回想するのです。

今から思えば、生きることの辛さを味わった。あの時のあの苦しみの本当の原因はなんだったのでしょう。自分の存在すら忘れてしまうほど、生きることに一生懸命でだったのだ。

あの苦しみの正体は何であったのだろうか、その原因は自分の中にあったのか、あるいは、自分の受けとめ方がまちがっていたのか、未熟な自分がそうさせたのか、今になれば、冷静に思いめぐらすことができるのに、あの頃はその余裕さえなかったのです。

孔子の一生・・・最後の 「七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず」・・・

「七十歳になれば、年相応の規律。環境・体力に合わせた規律。その規律を守りながら、今の自分に相応しい生きざまで「我がまま」に生きていくのが良いようだ。」

70歳を過ぎ、何も考えずに心の欲するままに行動しても、周囲に迷惑をかけず被害も及ぼさず、その身のままに心のままに人道に叶っているような、日々精進・・・「我だけの道を行かず、縁を活かす道を行こう」・・・と思います。

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