遠い親戚より近くの他人
「遠い親戚より近くの他人」普段から、ご近所のお付き合いは良くしておきたいものです。
隣近所との付き合いは、何かあった時とても重要です。例えば、急な病気で倒れてしまった時、隣近所と仲が良ければ、すぐに気が付いてくれるかもしれません。
また、地震などの防災時の救出には欠かせないアイテムです。防犯で、あまり見かけない人がいたら、声をかけると空巣などの被害が防げると言われています。ご近所と仲良くなると、精神的な支えが生まれます。
しかし、現代の日本ではご近所付き合いが少なくなり、老人の孤独死等がにニュースで報道されたりしています。これも、近所との付き合いが上手にいっていれば、防げる事だったのかもしれません。
世の人の中に、隣近所で角突き合わせている人がいます。双方聞いてみると、他愛もないこととで、隣近所で口も利かず、目も合わさない・・・お互いの意地の張り合いは治まらない・・・
そんな関係で、ひと包めして地域のイベントをしようと計画しても、旨くいくでしょうか?格好だけは一緒に行動をしていますが、心はマチマチでは、なんとも切ないやら、やっるせないやら、情けないやらです。
こんなこと、巷には幾らもある?・・・双方を知る人は、どちらの見方するとも出来ず困ってしまいます。お互い失礼は仕方がない、そう意地を張っていては肩がこるばかり、ここらで仲直りをしてもらいたい・・・と思います。
これも何か平和ボケ?戦中戦後の「トン・トン・トンカラリ・と隣組み」のようにお互いが生活に危機感を共有していた時代は、人々の心は、思いやり・優しさが日本人にはあるのです。そのDNAは身体に残っているはずです。
プライバシー保護の問題もあります。程よい大人のお付き合いが大事なことだと思います。何かあった後では遅いのです、是非考えて欲しいのです。
コメント
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先だって1年以上もまえの「自治会・町会の必要性はある」にコメントさせて頂いた者です。
昔のようなご近所が他人の家庭事情を色々知っているというような、タイトな関係がわずらわしいのだと思います。挨拶程度でもいいのです。当方団地という集合住宅に住んでいますが、居住者同士挨拶もしないようなことも多々あります。
お隣同士で角付き合わせていても、それも一つの関係性ができているともいえます。全く知らぬ存ぜぬよりお互いに関心があるってことですよね。
地域でイベントをするというのも、賛同してもらえる人で企画準備をし、参加者も一緒に運営に参加してもらえばいいと思っています。賛同者が増えれば規模も大きくなっていくでしょうし、継続もするんじゃないかと思います。
望まない人を無理やり参加協力させるのではなく、そういう人たちも意見も尊重できるのが音なの付き合いなのだと思いますが、とかく古株の人たちは、造反は許さないとか、反対意見を言うものは潰す、こんなことが多いものです。
投稿: ぱいん | 2013年11月15日 (金) 10時55分