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2013年7月21日 (日)

自殺者の低年齢化で思う

017 自殺者の低年齢化が大きな問題となっていますが、理由は「いじめ」によるものが多いようです。長崎市の小学六年生の女の子が自殺を図ったというニュースを聞き、愁嘆するばかりです。

「生きる」・「生き甲斐」を考えてみました。

生き甲斐とは・・・
生きるに値するだけの価値。生きていることの喜びや幸福感。と辞書にはありますが、私は無心で、「人生の目的」を追い求めることだと思います。

自由奔放に生きたといわれる女流作家の林芙美子も、「花のいのちはみじかくて、苦しきことのみ多かりき」と言い残しています。また夏目漱石は、「人間は生きて苦しむ為めの動物かも知れない」と妻への手紙に書いています。

「人生は地獄よりも地獄的である」と言ったのは芥川龍之介です(『侏儒の言葉』)。などから、「人生は苦なり」・・・

なぜ生きる。人生の目的は何か。親鸞聖人の答は、簡潔で明快です。「生きる目的は、金でもなければ財でもない。名誉でもなければ地位でもない。

人生苦悩の根元を絶ち切られ、“よくぞ人間に生まれたものぞ”と生命の歓喜を得て、未来永遠の幸福に生きること」である・・・と言うことです。

「人生の目的」がなかったら、大変なことになります。生きる意味も、頑張る力も消滅してしまうからです。なのに、 「人生に目的なんて、ないよ」 と、言う人が、意外に多いのです。本当にそうでしょうか。

何か、大事なものを、忘れていないでしょうか。一度きりしかない人生、後悔しないためにも、「なぜ苦しくとも、生きねばならぬのか」を考えることが大事なことだと思います。

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