« 麻生副総理の危うい発言 | トップページ | 青梅雨・・・ »

2013年6月20日 (木)

政治家は相手を思いやる心がほしい

07akitakoma_sumire11 何んで、こんな人が自民党の政調会長に?と思う人はいるだろう・・・高市早苗氏の発言が問題とマスコミが取り上げたら、早速謝罪したようだが、謝罪すればいいというものでない。

「福島第1原発で事故が起きたが、死亡者が出ている状況ではない。安全性を確保しながら(原発を)活用するしかない」と講演で語った。驚くと共に、政調会長の立場だからのか、政治家の立場での、”真意は何なんだ”と問いたくなる。謝罪すれば、ご破算という訳にはいかない。

猪瀬都知事のオリンピック招致で発言で、米ニューヨーク・タイムズ紙の報道に対し、猪瀬直樹東京都知事は当初、他の五輪立候補都市を批判したことを否定した。しかし、一転して不適切な表現だったと訂正して謝罪している。批判だったとすれば、なぜそんなことをしたのか?

政治化には相手を思いやる気持ちがなければいけない。このような発言の真意は?と疑うばかりである。

今朝の毎日新聞社説に「首相らの言葉 著しく思慮欠く罪深さ」

http://mainichi.jp/opinion/news/20130620k0000m070124000c.html

   

« 麻生副総理の危うい発言 | トップページ | 青梅雨・・・ »

コメント

‘日本語も十分話せないのに、英語を学んでなんとする。’と言う人がいる。だが、現実には、日本語脳による話の失敗は避けられない。

>政治家が、その言葉で失敗したり、問題をおこすことは古今、数多い。
>特に最近は、それが目立つ。例えば、アベノミクス効果で好調な経済を演出し、今や圧倒的な支持率を誇る安倍首相は、歴史認識問題で米国や韓国の不興を買い、その言葉をトーンダウンさせた。
>また猪瀬東京都知事は、アメリカのメディアのインタビューで、オリンピック招致のライバル都市を貶めることを言ったということで謝罪に追い込まれた。
>さらに橋下大阪市長、日本維新の会共同代表は、従軍慰安婦について誤解を与えるようなことを言い、また沖縄駐留米軍に風俗業の活用を進言したということで問題になっている。

司馬遼太郎は、<十六の話>に納められた「なによりも国語」の中で、片言隻句でない文章の重要性を強調している。
「国語力を養う基本は、いかなる場合でも、『文章にして語れ』ということである。水、といえば水をもってきてもらえるような言語環境 (つまり単語のやりとりだけで意思が通じ合う環境) では、国語力は育たない。、、、、、、ながいセンテンスをきっちり言えるようにならなければ、大人になって、ひとの話もきけず、なにをいっているのかもわからず、そのために生涯のつまずきをすることも多い。」

日本人は文章を熱心に作らない。文章を作ることは、考えを練る事に通じている。
英語には時制がある。文章を作らなくては、時制が表せない。だから、文章にして語ることは重要なのである。
日本語には時制がない。文章は常に現在時制 (現実に関すること) に定まっているようなものである。だから、単語だけのやり取りで、ことが足りるものと自他ともに思っている。
そのため、政治家となって、外国人と理想 (非現実) の話もできず、何を言っているかも理解されず、そのために国を過ちに導くことも多い。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 政治家は相手を思いやる心がほしい:

« 麻生副総理の危うい発言 | トップページ | 青梅雨・・・ »