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2012年4月13日 (金)

満開の桜と世の無常

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07yamazakura_kitakami11 昨日、お通夜に席で、お坊さんのお経を聞いていて、鴨長明の方丈記一文を思い出してしまった。

「行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。世の中にある、人と栖(すみか)と、またかくのごとし。」

「流れは絶えることがなく、しかも、一度流れた河の水というのは、決して元と同じ水ではない。流れていない河の淀みに浮かんでいる水の泡(うたかた)も、瞬間で泡が消えたり、瞬間に泡が出来たりするが、長く同じ場所に泡が留まっている例などはない。世の中にある人間と住まいというものも、河の流れや泡の動きとまた同じようなもの(=絶えず移り変わっていく無常)である。」

普段は、存在に気がつかなかったが、こんなに桜の木があることに驚いてしまった。湯殿川の河川管理通路・片倉城跡公園・雑木林など、そして、昨日車で通った、稲城のゴルフ場の付近などは見事に咲き誇っていた。

やがて、花は散って新芽の時期になる。「年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず。」という詩がある。

常住不変のものは何もない。目の前に咲いているこの花を愉しんだであろう人はすでに亡く、風に吹かれて揺 れる花々を目の前に見ている自分がいる。

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