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2012年2月23日 (木)

さわやかな心

07rose_ame21 さわやかな心の人は、顔を見れば分かる。人生をこころ豊かに努力している人は顔にそれが表れる。

美しく老いることは大変難しい。いつまでも若く、いつまでも美しく願うのは万人共通のあこがれである。「不老不死」の妙薬がもし売り出されたら、全財産を投げ出す人が後を断たないだろう。

「老」という言葉のもつ俗悪さにだまされて、私たちは、ただ老いて行く姿を何とか美容方法で誤魔化そうとしている。しかし、誤魔化しは本当に美しいものに生まれかわることはできない。

「老い」を克服することは「感動」することだとよく言われる。美しいものを「ああ、美しい」と素直に受けいれる心を、いつまでも持っていることが、今美しく生きようとする「生きざま」の決意となり、それが「若々しく」「美しく」なるのだろう。

私たちの人生から、さわやかさを奪うものがあるなら、その一つは執着心だと思う。これは、何でも獲得したがる“欲”と言ってもよい。これも私のもの、あれも私のもの、今のこの地位も権力も名誉も、何でも自分の物にしたがる欲を人はもっている。

人生には、想定外の出来事が起こる。沢山のものを失い、また手に入れる。私たちは、失うことばかりを心配して、逆に縛られ、不自由になっていることがないだろうか・・・

人間いは「三毒」(さんどく)がある・・・仏教において克服すべきものとされる最も根本的な三つの煩悩、すなわち貪・瞋・癡(とん・じん・ち)を指し、煩悩を毒に例えたものである

「とん」すなわち貪り。 お金がほしい、地位がほしい、ひとに好かれたい、成功したいと自分の器以上のことをしてもなかなか手に入るものではない。 すると自暴自棄になって怒りがわいてくる。 これが「じん」怒りである。 怒って正常な判断ができなくなって愚かなことをしてしまう。 これが「ち」すなわち愚かである。

自分の利益ばかり考えず、他の人のことを考えてあげることが、大事なことである。人に優しい人は文句を言う人はいない。人から信頼され沢山の良い人に囲まれるだろう。

それでも心無い人に心をかき乱されるときもあるかもしれない。 そんなときは極力冷静になることである。頭に血が上っている人と同レベルで対処してもいい結果は得られない。

負けるが勝ちで早くその場から立ち去ったほうがいい。どんなに正しくても争いになれば後悔するのは目に見えている。 愚かな結末は避けるのが知恵というものだ。

つまり、常に喜んで人の役に立つようにし、驕らず質素でも笑顔の耐えない環境に暮らし、感情に流されず、人が良い方向に行くように常に祈り、愚かな結果を招くような言動を慎めばよいのだと思う。

  

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