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2012年2月13日 (月)

自他ともに喜びの感動を共有

00a233ff1 夏目漱石の「草枕」・・・山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。

人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。

最近、世の中を、厭世的になてしまう人が多いらしい。厚生労働省の調査によると、うつ病などの気分障害で通院している患者数は2008年段階で104万1000人で、これはその9年前の調査と比べて2.4倍も増えている。年齢別では男性の場合40代が最も多く、女性では20代後半から急激にその確率が上がり、年齢と共にゆるやかに増えていくそうだ。

やはり、グローバル化した経済・情報の氾濫と無縁化社会で、心の落ち着くことが難しくなってきていることに原因はあると思う。朝日新聞社説の「ストップ自殺―足立区の努力に学ぼう」「http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit2など、取り組んでいるようだが・・・

夏目漱石の草枕のように、頭の切り替えが大切なことだ。今大事なのは、嬉しい時に、本当に心から嬉しいと感情が満ち溢れさせられたり、感性のアンテナを強く張って受け止められるもの、それが音楽であったり、絵画であったりである。

そして自他共に共有することにあると思う。うれしいときに喜び、悲しいときに涙する、こういうことが人の自然な姿である。そして他の悲しみを自分のこととして悲しむ、他の喜びをともに喜べる、喜びと感動を求めて絶えず自分の心の琴線をふるわせることができれば、それは他の人や社会にも影響して多くの人々の心の琴線をふるわせ、感動を与えることにつながり、自分も他もともに深い喜びの感動を得ることができる。自他ともに喜びの感動を共有できればそれほど幸せなことはないだろうか・・・

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