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2011年6月 4日 (土)

幸せも不幸せも、みんな一人一人の責任

09hirugao31 福島原子力発電事故で見られるように現代では、人間の飽くな欲で生活が進化した。それが便利さとなっているのは確かなことだが、そのリスクが放射能という人間が勝手に作りだした物質で、その恐ろしい物質は人間跳ね返ってくる。

安全・安心は、絶対ということはあり得ないということを忘れてはいけない。このごろは自然をないがしろにするせいか、やたらと開発が進んで山は削り、海は埋め立てられ、川は流れを曲げたりするために、天災地変がよく起こり、便利を生むと同時に危険率も高くなり、公害、水害、交通災害など、次から次へといろいろな事故が起こっている。

さて、ひとたび事故が起こすと、人々は目の色を変えて、直ちに責任の追及に乗り出すが、だれかがその責めを負わなければ、問題の解決はつかめない。

すったもんだの揚げ句、保障とか見舞いとかの美名のもとに、人間の善意が見事、金にすり替えられて一件落着を見るのである。しかし、そこに燃え上がる憎しみの炎は少しも消えることなく、お互いの人生に暗い影を落とすことになる。

これは、逃れることのできない私たちの宿業だとしたら、全くやり切れない。救いようのない修羅場だと思う。地獄とは、自分の責任は棚に上げ、人ばかり責めたて、のろい合う世界なのである。

私たちは幸せも不幸せも、みんな一人一人の責任としてそれを感じ、助け合って生きなければならない。人ばかり責める目を内に向けていたら、だれよりも恐ろしい毒針を持った自分に気付くことだろう。

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