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2011年5月14日 (土)

偏見

05sikotuko31 東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電事故で、マスコミは連日詳細に報道しているが、ちょっと気になることが、怪我をされたかた、そして、生活環境が変わって、病気になってしまった人特に精神的にダメージが大きくて、立ち直れない方が当然いるだろうが、このことも重大な問題であると思う。

復興には先が長いとことだと思うが、自殺者が出るのではと心配である。震災で職が失われたり、転職せざるを得ない方も多いと思う。リストラや企業の経営不振といった人間関係や経済的な理由がその原因でやり場のないことだろう。自分一人でなく家庭があり、人々との繋がりがあるから、その波紋は穏やかなものではない。

そして偏見は人間はどこか心の奥にある。日本の農産物を世界の各国で輸入するの止めたり、規制する。またに日本でも、放射能の汚染されている福島・宮城・岩手などの農・魚産物は、食べない、全く関係がないものまで拒絶するという。

まして、千葉県に被災された子供が放射能に当たって、危険だからといって遠ざかるという行為はNHKのニュースがあった。行過ぎた行為が問題となっている。復興は10・15年先になるかも知れない。

この地球上に自然災害はいつ起こるか知れない。当事者にいつなるか分からない。私だけは絶対ない。あっても日ごろ、災害に備えているから大丈夫という豪語する人も、災害は想定外が多いものだといつも考えて置くべきだろう。

だから、災害は誰にも起こり得ることで、自分が災害に遭うことを想定したら、当然偏見の目で見ることはなくなり、同情も心からのものとなるだろう。

自分で生きているようでも、実は生かされている。だから自己の身体は自分の生命じゃない、ともいえる。大きな宇宙全体、全部丸がかえで生かしてもらっている。宇宙の小さな自己だけれど大きな宇宙に生かしてもっらてる、そういうことだ。

もっと大きく視野を広げて、真実の姿をありのまま、そのままに見る、おのずと道もよく見えてくる。自分の色メガネを捨てなければ、真実の姿はなかなか見えてこない。

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