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2011年5月 6日 (金)

モク拾い

539571 私は、ボランティアで毎日ゴミ拾いをしている。終戦後、「モク拾い」という、仕事をしている人がいると言うことがあったそうだ。1メートルくらいの篠の先に縫い針をつけて道路に落ちているタバコの吸殻を突き刺し、ためて家に持ち帰り、吸殻をほどき専用の巻き機で再生し売るという商売があったそうだ。

シベリヤから復員してきた兄がロスケ(ロシア人)は、タバコの葉を上手に紙で丸めて吸っていた事を聞いた覚えがある。その兄も、刻みタバコを紙で巻いて吸っていた。終戦後は食べるものさえ不自由などん底生活で、すべての生活用品が配給・配給であった。タバコも例外ではなかった。

タバコ屋専門のお店が出来たのは何時ごろだったか忘れたが、向こう横丁にタバコ屋ができ、お婆ちゃんがタバコを売る姿が目に焼きついている。そして可愛い娘さんもいた。そんな娘さんに憧れて歌が出来た。

♪「向う横丁の  タバコ屋の 可愛い  看板娘
年は十八 番茶も出花 いとしじゃないか
何時もタバコを  買いにゆきゃ やさしい笑顔
だから 毎朝毎晩 タバコを買いに行く」♪

私は二十歳からタバコを覚え、六十歳の定年で止めた経緯がある。多いときに一日二十本ぐらい吸っていた。車を運転しながら、ドンドン窓から捨てていた。通勤で駅のホームに捨てていた。自宅で、職場で吸って、指先が黄色のなってしまっても、妻や子供に、止めるよう注意されても吸っていたが、定年を機にキッパリ止めた。

その反省から、ゴミを拾い始めて十数年、続けている。それは、今までの「罰」と思いである。「ゴミは持ち帰りましょう!」というポスターは、あちらこちらに掲げてあるのだが(私が、市役所・保健所にから頂いて取り付けたものものもある)・・・ペットボトル、空き缶、おにぎりの袋、空き瓶、食べ残しのパンなどがあるが、やはり多いのが、タバコの吸殻である。

これからも、微力ながら安心・安全で明るく、そして、ゴミのない町にしたいと、ボランティアは続けたいと思っている。

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