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2011年5月26日 (木)

梅雨に思う

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08adachi_bizyutukan11 あと一週間で6月になる、東京地方は梅雨状態の日が続くと言う予報である。すでに沖縄・九州南部は23日に梅雨入りした。

梅雨はうっとおしい季節だと思う人もいるだろうが、生き物にとっては恵みの雨、とりわけ草木にとっては成長する雨の季節である。昨日、我が家の庭木の剪定を行ったのだが、雨が降るたびに伸びる花が散って枝先の伸びて葉が生い茂り、成長する。

花は惜しまれて散っていく、草は嫌がられても生えてくる、たしかに美しい花はいつまでも咲き続けて欲しいと願い、畑や庭の草は除草してもすぐに生えてくるから、困ったものだと嫌がられる。けれどもこれらは人間の思いであって、草木は子孫繁栄のために花を咲かせ、草は芽を出すのである。

杉・松・稲・麦などの風媒花に人間は関心を示さないばかりか、花粉症の心配をする、けれども虫媒花は美しく咲く花が多いので人間の目にとまる、花を咲かせているのは昆虫や動物による受粉を期待しているからである。

草がはびこるのを人間が嫌うというのは、人間の身勝手な解釈である。人間の身勝手な目は、花の姿や咲き方で、ランクをつけて評価する、また人間の身勝手な思いは、山の木や、さまざまな植物を、経済的に評価する。

草木が芽を出す、花を咲かせる、実をつける、いずれも子孫を残そうとする為である。草木が生きているということは、種あるいは子孫を絶やさないという、この一言につきる。草木は生(は)えるという、動物は生(う)まれるという、草木は死ぬとは言わずに枯れるという、動物は枯れると言わずに死ぬという、いずれも生命の生滅ということにおいては同じである。

毎年、秋に咲くコスモスを、近くの湯殿川の河川管理通路で育てているが、野生の生命力の強い雑草に負けて、そのまま放置すればコスモスは芽を出すことは出来ない。人間はじめ、地球上動物以上に生存競争が激しい。

人間の手で、保護しないと絶えてしまう種もある。「絶滅危惧種」として保護することで、種の保存が維持出来ている種もある。それも人間の勝手な思いがあってのことだ。

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