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2011年5月18日 (水)

東京電力の行方

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05sikotuko31 東京電力の公共性という、絶対潰すことはない、潰せない。という神話的感覚が幹部にある。福島第一原発で大事故を起こした東京電力の今後をどうするか。この問題を巡る議論は、政府が賠償支援策を決める前後から混迷を深めている。

今後の第一に考えるのは、「被災者の救援と電力の供給確保」だ。会社・株主の犠牲を軽減する枠組みから脱却しなければ、被災者、国民は納得いかないだろう。その上で、国の援助という基本的な考えに立って、復興を考えていかなければならない。余りにも国民感情と懸け離れた考えと、政府の思惑は、不信を増幅するばかりである。

今日の朝日新聞の社説の通りである。
福島第一原発で大事故を起こした東京電力の今後をどうするか。この問題を巡る議論は、政府が賠償支援策を決める前後から混迷を深めている。政府案は、資本市場への影響を避けようとするあまり、株主と債権者の責任を棚上げした。必要な資金調達は新設の機構が肩代わりするものの、国の財政負担を抑えるため、東電に超長期にわたって弁済させる。

現行法の中で賠償金の支払いを優先させるためとはいえ、本来は破綻(はたん)状態にある東電を無理やり生かす枠組みであるため、早くも弊害が露呈している。何より当事者である東電に、出直しへ向けた悲壮感が全くない。

役員報酬の削減を、当初は半減で十分とした感覚。企業年金のカットも、従業員の老後を考え「検討していない」という社内常識――。

見えない放射能に追われ、生活が根底から脅かされている被災者も多い中、その浮世離れぶりは目を覆うばかりだ。

しかも、この流れを既成事実化する段取りが着々と進もうとしている。20日に予定されている東電の2011年3月期決算の発表だ。賠償策を急いだ背景には、決算を通常のシーズンに済ませ、東電の経営不安を抑える思惑があった。

東電は定款で6月に株主総会を開くことを定め、例年、5月に決算発表を済ませている。

だが、今は異常事態だ。賠償総額も東電の返済能力もはっきりしない段階で、正しい決算ができるのだろうか。

金融庁は震災で支店や工場、重要な取引先が被災し、決算作業が困難になった場合は有価証券報告書の提出延期を認めている。東電も政府も、予定していた決算や株主総会の日程にこだわるべきではない。

むしろ、その間に、賠償策の枠組みそのものを見直すとともに、東電の事業や資産の洗い出しを急ぎ、それを反映させた決算にすべきだ。今のまま決算に踏み切った場合、それを承認するかどうか、判断を迫られる新日本監査法人の責任も重大だ。

過去には、カネボウの粉飾に加担した中央青山監査法人が消滅した例がある。もちろん同列視はできないが、結果的に投資家の信頼に背く事態は避けなければならない。

無理を重ねた今の賠償支援の枠組みは、市場が経営をチェックする機能をゆがめかねない。企業の番人として市場を支える監査法人がすべきことは何か。職業倫理に徹し、後世の評価に耐える仕事をしてほしい。

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