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2011年3月27日 (日)

水のように空気のように

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19378203v12387141361 「幸せ」とは・・・を考えると「幸せ」は何んにもない無色透明、無味無臭な「空」であると思える。他人から見れば、可哀そうとか、苦しそうとか、辛そうとか思うだろうが、「心」が「空」の状態であるので一切何んのわだかまりもなく、ただ「幸せ」と思える心境であること。

そんなことを考えていたら、11日に起きた東北関東大震災で多くの犠牲者、多くの財産を一瞬のうちに無くされている。そんな被災に遭った方は「幸せ」とは到底感じるわけにはいかないだろう。だが、よく考えると、生きているだけで「幸せ」であると思える心境・・・

曹洞宗の尼僧で、青山俊董尼僧の「水のように空気のように」の言葉に出あった。
形が無いから色々な容器に水は収まる。無味・無臭・無色だから水はコーヒーにもなり緑茶にもなる。一刻一秒なくては困る大切な空気なのに、その存在は忘れ去られている。

癖の無い水、目立たずとも大切な空気こそ、仏様だと思う。臨済宗の有名なお坊さんに、白隠禅師と言う方がおられる。白隠禅師は座禅和讃の中で、氷を私達凡夫衆生とし、氷が融けた水を仏様に喩えている。

氷は自己愛や自分が正しいと言う凝り固まった自我を象徴されたものだと思う。確かに氷と氷が衝突するとお互いに傷付くが、氷と水は衝突しようが無い。氷は口の小さな容器には入れられないが、水はどんな小さな口の容器にも入って行く。相手に合わせることが出来る象徴として、水のようにと言われるのである。

そして、空気は私達に無くてはならない存在であるけれど、常に存在を忘れられている。目立たないが、無くてはならない存在。無くなって始めて存在の大きさに気付かれる、そんな人間になりたいものである。

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