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2011年3月10日 (木)

私の町の湯殿川に思う

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Img_0104  土着者(生まれも育ちも同じ土地)には、激しく変る環境(人と文化と生活様式)は、わずか半世紀の間に大きく変ったことに、感慨深いものがあると同時に、昔棲んでいた生き物を取り戻し出来ないか?・・・

その中で一番変ったのは山と川だが、湯殿川に思い出してみる。40~50年前の湯殿川は蛇行し、川幅は狭かったり広かったり、浅かったり、深かったりで変化があった。川の両側は竹や篠などの根の張った土手になって、水が流れるところまではその竹や篠藪をかき分けて、降りていくのである。

近くに暮らしている人々は、湯殿川を生活の一部に取り入れていた。田に水を取り入れ、物を洗うなど生活基盤の中心であった。水車が回る、洗濯をする、野菜を洗う、子供の遊びも泳ぐ、魚を取るなど川遊びは、今では全く考えられない。

一方危険も一杯あった。かくしを踏む(篠の切り口で足の裏を刺す)、虫に刺される、蜂に刺される、蛇にかまれる(シマヘビ・マムシ・ジモグリ)、漆にかせる(川淵に漆の木があって素手で触るとブツブツができる)深みで溺れるなどである。

夏は一日に三回泳ぎ、学校の帰りに一回はフルチンで泳いた、魚を素手で取る、晒しの褌があればまだまし、手ぬぐいで腰を巻に巻きつけただけで、フナっこ、どじょう、メダカ掬ったり、味噌漉しざるで田んぼのみの口辺りでよく獲った。川で泳いで体が冷えると田んぼの稲の中に入り身体を泥だらけにして寝そべって遊んだ。

川の魚の種類は沢山いた。コイ・フナ・ナマズ・ウナギ・ぎばち・ドジョウ・すなもぐり・エビ・サワガニ・シジミ・ハヤ・イモリ・八つ目うなぎ・おばが・カジカ・カワニラなどで昆虫類は沢山いた。

獲り方は、釣り、あんま釣り、投げ込み(雨で水かさが増えるとミミズを餌に投げ込む)下げ針(夕方ミミズを針につけて魚がいそうな淵に仕掛けて翌日の朝に引き上げる)かいぼり(川を堰止める)網、モリ、ざる、手づかみ、どう、(竹で筒状に編んで一旦入ったら抜け出せない道具)などでとる。

今50代以上の人達は、湯殿川をどんな思いでみているのだろうか?・・・大きい(財産)物を失いかけていると思っていないだろうか・・・

田んぼがなくなり、堤防が整備されアスファルト河川管理通路となったが、ゴミは捨てる廃棄物は流す、犬の糞とマナーは、目を覆うばかりである。したがって生き物はすっかり影を潜めてしまった。何時も思うのだが、缶やビン・プラスチック類を捨てたら、腐らないで土には還らない、人にも有害な成分が残ってしまう。

だから、今まで無意識に捨てていた人達に、反省してもらいたい、本人もいつか苦しむ結果になるのだ。これから環境を取り戻し、環境を守っていくことは現代に生きる私達の、後世に残す義務であり責任でもある。

湯殿川をゴミをなくし、何十年前にいた生き物を取り戻し蘇させたい。湯殿川の流れの水の量は昔とかわっていない。水源の湧き水も昔と同じできれいだ。人間のかかわり方で、良くなり、悪くもなる。考えて欲しいものだ。

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