« 自然と現実 | トップページ | 小異を捨て大同につく »

2011年3月29日 (火)

春の鯉

271 春の鯉 この川に棲み 他を知らず 

我が町に流れる湯殿川には、鯉が沢山いる。開発が進んで田畑が住宅地に開発され、それに伴い湯殿川も改修され、当然昔からいた魚や昆虫が住めなくなって、環境の変化に強い鯉を放した。いまでは、鯉しか見られなくなってしまった。

その鯉は、環境の悪くなっている川しか知らない? もっと自然の豊かな池など分かる筈がない。どんなに環境が悪くなっても、そこに棲むしかないのである。もっと環境が悪くなって鯉も棲めなくなるかも知れないが・・・人間しだいだ。

そんな思いで今日、川の中のゴミを回収した。何度拾っても、後から後から捨てる不心得者がいる。困ったものだ。

芭蕉の行く春や鳥啼魚の目は泪」を思い出した。奥の細道」という紀行文(旅行の俳句集)のうちの、隅田川にかかる千住大橋で、見送ってくれた弟子たちに、旅の別れを句であるが、昔の旅は今と違って死を覚悟し、二度と会えないかもしれないという思いがあった。

« 自然と現実 | トップページ | 小異を捨て大同につく »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 春の鯉:

« 自然と現実 | トップページ | 小異を捨て大同につく »