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2011年3月12日 (土)

東北地方太平洋沖地震

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201103128029191y1                                         火の手が上がる住宅街(読売新聞 )

11日午後、2時46分東北の太平洋沿岸で、国内の観測史上最大のマグニチュード8.8の巨大地震があり、宮城県で震度7の非常に激しい揺れを観測したほか、福島県では7メートルを超える大津波が観測されるなど、北海道から沖縄県にかけての広い範囲に津波が押し寄せてた。

福島県相馬港7.3m以上の大津波を観測したのを始め、北海道から沖縄まで、日本列島太平洋岸1m以上の津波を観測した。その後余震と見られる震度4以上のゆれが何度も続いている。

私は、ちょうど買い物から帰った直後で妻と家にいた。立っていられないほどの揺れで、揺れの長さが1分ぐらいで、ただ事ではないと思った。地震直後のNHKテレビの放送で仙台地方の津波の大きさ、その壊滅的な破壊するエネルギーの恐ろしさが分かった。

海岸線から10キロぐらいまで津波は大きな漁船が畑や道路を壊し、自動車も民家も押し潰していく様は、この世のもとは思えない光景であった。

東京電力・福島第一原子力発電所の1号機では、原子炉が入った建物内の圧力が高まっているため、建物内の空気を外部に放出する予定だと東京電力から報告があったことを明らかになり、放射能漏れが心配である。

東京でも交通のマヒで、通勤者の帰宅が出来ないで、渋谷・新宿・池袋など駅前映像で大勢の人々が道路にあふれて建物の揺れが続く不安な表情が映し出された。

何度か防災講習会で勉強したことで、防災時の対応は、「自助・共助・公助」と落ち着いた行動が大事であること。私の地区は大丈夫と確認出来たので、江戸川区にいる娘家族が心配で、電話が通じない。(携帯・固定)でパソコンで携帯にメールを送り様子を聞いたが、無事だとの返事でほっとする。

日ごろの備えと、訓練が大事と痛感した。大きな余震が続き、不安な夜であった。

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