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2011年3月23日 (水)

安心立命

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05detohama11 「安心立命」=人力を尽くしてその身を天命に任せ、どんな場合にも動じないこと。 

2011年3月11日14時46分東北関東大地震で震源の太平洋沖で津波が起こり10メートルを超える巨大津波で、生きる人間を否定すがごとくすべてを破壊してしまった。それは、日本一の防波堤も乗り越え、東電の絶対安心出来るとまで言い切った、福島第一発電所にも壊滅的被害を及ぼした。

宇宙の小さな惑星に、ロケットで石を採取して持ち帰ってくるという、昨年日本人が成し得た業績は世界中から注目された。現代は、ここ数十年の技術革新のおかげで、快適な生活が実現できるようになった。私たちにとってまったく夢のような、すばらしい時代である・・・

しかし、「安心立命」ということにはいかない。人間には大宇宙のすべてを知ることが出来ないのと同じで、人の力では克服できない。46億年続いてきた地球の自然には立ち阻むことは出来ない。そして人間の力では、自然を制することができない、神に縋る心は必用なのである。

今、私達が心豊かな日々を過ごせる、技術が急速に進んだ現代でも、一方ではなぜか「安心立命」に関しては、一向にまだ確立ができていないからだ。物が豊かになって、すばらしい社会になったのに、逆に不安はますますつのっていくのである。

いったい何が原因なのだろうか?それは近代の資本主義社会が一人一人の健康や幸福よりも、ある特定なものの経済的利益を大切にして、それを優先させているからだ。そのような事実を垣間見てしまうと、何となく不安になり、原発までが同じ考えで建設・運営され続けている。

何となく感じる不安感や、日々ひしひしと迫ってくる圧迫感などは、いったい何を意味するのでしょうか。一方では、そんなことをまったく感じないという人もいるだろう。しかし何らかの意味で、私たちは歴史上かつてない大変な時代にいることが、現実を思い知らされた。

ひっきりなしに走る救急車、親しい知人が、次々と思いがけもなく死んでしまう。日々のニュースの中にある暗い事件、そしてそれは私たちの身近なところにも起こるであろうということなど考えると、自分が非常に危ないところに置かれているのではないかと、つくづく心配になってくるのは、私だけでしょうか?

あなたは、いったいそのようなことをどのようにお考えですか?。そんなことについて考えるのは、心配性の私だけなのでしょうか?

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