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2010年10月 4日 (月)

一寸先が見えない人生

2054421 人はそれぞれ、生きる目標とか願いをもって生きる。車を持ちたい、マイホームが欲しい、何かの事業したい、その目標に、必死に働いてお金を稼いで貯める。やっとのことで念願の目標が叶い幸せになるはずが、そうは問屋が卸さない事がある。

やっとの思いで事業を起こすことが出来たが、事業で多忙になり、子供と会話がすくなくなったり、家族団らんがなくなった。不況が長引き、返せるはずの借金が思うように返せなくなって、返済金が捻出できず、西走東奔で、疲れきって、ノイローゼからうつ病で家庭内に不協和音どころか、深刻な家庭が崩壊しそうである。

こんなことになるのであれば無理して事業など考えなければよかった。平凡なサラリーマンで定年まで、頑張っていれば、家族の団らんがあった、笑い声があふれていた、そんな過去を懐かしみ涙するということもよくある話しである。

自分の体だって、自分でもどうすることもできないモノだが、さりとて、モノに頼っても、モノが幸せをもたらしてくれない。モノに満足していても、モノに執着することから離れない限り、そのモノによって束縛され、ふりまわされる。物質的にめぐまれなくても、精神的な充実感があればいいのだが・・・。

目標や願いをもっても、未来は分からない。目標や願いに執着しすぎると、思い通りにいかないことが多いから不安がいっぱいである。蓮如上人のお言葉にあるように「朝には紅顔ありて夕には白骨となれる身なり」で、一寸先は闇でわからないのが人生だ、つまり現実をよく理解して、今を生きることが無難であるということかも知れない。

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