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2010年10月28日 (木)

無縁社会に思う

1231 個人の自由と、人権の尊重・プライバシー尊守は、1945年の終戦から、欧米の生活様式に偏向され徐々に、無縁社会に形作られて来た。1955年ごろまでは、生活が苦しく、家では親兄弟が少ない食べ物を分け合ったり、物質面でも共有して使った。そこでは、相手を思いやる精神が生まれいた。地域の人に対する関心を強く持っていた時代だった。

「あの人の奥さんは、○○から嫁いできた人みたいよ」とか、「この間、○○さんのお父さんが入院したみたいよ」とか、みんなが興味津々に話をしながら、お互いに相互に関心を持ち合って相互に監視しあっていた時代だった。

そして、「あそこのお嬢さん、まだ独身らしいのだけど、○○さんの息子さんなんかどうかなぁ」などと、「おせっかい」をやいてくれる人も多い時代だった。そうした、「絆」の原点である「相互関心」とか「おせっかい」などと言ったものが、結果的には、孤立した人を発生させない為の社会の抑止力として働いていた。

地域や血縁や社会との付き合いを無視しては暮らしていくことも出来ない状況の中で、人は我慢しながら生きてきたと言うのが、戦後から1960年代までの人の生き方であり、結果的には、それが社会をある意味健全なるものに維持していた時代だった。

しかし、ある頃から、こうした「相互監視」や「おせっかい」と言うものが、余計なお世話と認識される様になってきた。それは、いつの頃からか、「プライバシーの尊重」だとか、「個人情報保護」だとかと言う言葉が、マスコミを始め、社会全般に、声高らかに叫ばれる様になってきたからである。

プライバシーの尊重と個人情報保護などで、住所や、家族構成程度も聞くことをためらうようになってくる。平成になった頃から、こうした社会の価値観への変化が毎年、毎年、ずっとエスカレートしながら続いていくことになった。

こうした価値観が人々は、今度は他人に対して、まったく関心を持たない様になってしまう。そして、この流れはまずは都市部の社会から定着し始め、今では地方の中小の都市社会にまで定着してきている。

価値観の変化は、他人に無関心になり、他人に干渉しなくなり、自分だけの世界に閉じこもろうとする。こうした「閉じこもり」の流れに拍車をかけたものが、インターネットや携帯メールなどである。

他人と関わらなくても、一人で自分の部屋で、外界との「希薄な絆」を持ちながら、退屈せずに時間を過ごすことが出来るような時代になったのである。

「絆」の薄れた社会に変化していった結果、人と人とが無縁で居ても、いっこうに困らない無縁社会ができあがっていった。こうした無縁社会では、社会から、なんらかのきっかけで取り残されてしまった一部の人たちが居ると、その方々は他人から無関心に放置され、無縁死を迎えることになっても不思議では無い。

それでは、昔の「絆」の社会と、現代の「絆」の薄れた社会は、果たして二律背反するものであって、相容れないものであろうか?確かに、プライバシーの尊重も、個人情報保護も、それはそれにりに、私たちに生きやすい世界を築いてくれているから、今また「おせっかい」の社会に逆戻りしたいとは思わない。

人々が「絆」とは・・・生きていくために「絆」の「大事さ」を多くの人に気付いて、人は一人では生きていけないという事を考えていけば、誰だって年をとって、人のお世話になるのだから・・・。そうすれば子供から大人まで「人」に対し出来ることが「何か」が分かるはずだ。

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