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2010年10月30日 (土)

「良い・悪い」ということは

08ringo_tyoukai11  最近、人の「良い・悪い」の判断と言動について、判別は個人個人で違いなど、気になり考えてみた。

人間は元来色々な性格的要素で構成されている。しかし、「良い」か「悪い」では簡単に分類することは出来ない。良いか悪いかと区別するのは実は非常に難しい。

この二つを分類する基準は存在すると思うが・・・。人を傷つけることは一般的に悪いことと見られる傾向があり、他人に対する思いやりは賞賛されるものである。しかし、人間は誰しも色んな状況で感情的に傷つき。恥、罪の意識、不安、怒りなどは、誰だって経験があると思う。

しかし、どのような状態でその人が傷つくか、というのは実は他人には計り知れないことである。

例えば、現実社会において、母親が子供をしかると、子供は傷つく。また罪の意識を感じるかも知れない、だからといって、母親が悪いわけではないかも知れない、感情的に傷つき易い人、元々罪の意識の強い人、不安が強い人は、ほんの少しのストレスであっても大きなストレスに感じる傾向にあり、精神不安定を示し易いひともいるからだ。

人間はバーチャルリアリティ(仮想現実)の中で色々な試みをすること出来る。自分の理想を追求しようとする人は、自分の悪い部分を否定し、理想的な人間を演じながら、そこへ近づいていこうと努力をする。しかし、自分の悪を行動で表現してしまう人間は、他者を故意に傷つけよう、もしくは利用しようとするかも知れない。

精神のネガティブな部分を外に向かって吐き出そうとしているようにも感じられる。しかし、普段現実社会で表現されることのない悪の部分を、バーチャルリアリティの中で表現することにより補償したとしても、そこから得られるものは何もないのである。

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