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2010年10月13日 (水)

本音で生きるを考える

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2054421本音で「生きる」』を考えて見た。

「自分の人生にときめく」には、自分の本音で生きられるかが問題である。本音の自分は「等身大の自分」だからである。

毎日生活している中で、自分の「本音」は沈んでいる?!いつも自分の本音を疑問を感じている。いつも本音で物事を判断出来ない?他人を気を使ってしまう。

そして、無意識のうちに感じている「他人からどう思われるか」という自分の中の基準が出来てしまっていて、なかなか自分の意見が言いづらくなってしまう。

「本音」でない感覚のとき、自分に偽っている感覚のときは自分の心に意識をむけると、どうも落ち着かない、ざわざわした感じが湧きあがってしまう。

自分の本当の気持ちという「本音」を感じるときは、とても大きな安心感や、なんだかとっても明るい気持ちになれる。

本音で「自分の魂からのメッセージ」を発しすれば、自分の魂はちゃんと「本来の自分の喜ぶ姿」に自信がつき、また、「自分の本音」を知るには「自分が喜ぶ」意識のチャンネルにあわせてあげるといいと思う。

自分の心がざわざわしたり、暗い気持ちになったり、落ち着かなかったりするとき、それは自分の魂の望む方向ではないのである。

仕事などで、なかなか自分の本音の部分で受け入れられなくても、受け入れてやらなければならないことは起るものである。そういう時は、挑戦で必ず乗り切った経験が、これからの人生に役に立つものだ。

そういう時は、必ずどこか自分の本音で、納得する部分を見つけて、自分の心の奥で“イエス”というメッセージを受取れるような「納得する思い」を作って、物事に対処していきたい。

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