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2010年10月25日 (月)

親父の小言

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271 昨日、近くの公園でゴミを散らかし、遊んでいる子供を注意して・・・

終戦直後の生活は、食べるもの、着るもの、住むところも不自由した時代があった。天井から、星が見えるような家であって、自分も周りも貧しかった。

日々の暮らしは決して楽ではなかったが、大きな不満もなかった。 しかし、心は今の世の中より豊かであった。一つ裸電球の下で家族みんなで夕食を食べていた。

そして家族の会話があった。その日の出来事の楽しかったこと、辛かったことなどなどを話、聞いてもらって、家族の絆が強かった。

当然自分の部屋などない、みんな家族が一つの部屋で寝起きの暮らしで親・兄弟が寄り添い肌を触れ合う生活であった。それから年代と共に、生活環境が変わっていき、いわゆる高度経済成長の時代になって、生活形態が変わり、物質的に豊かになった。

子供部屋が作られ、個室化されて家族での会話の場少なくなって「家族の絆」が薄れてきた。そこで、「親父と近所のおじさん」をもう一度考えてみた。

昔の子供にとって怖い存在であった親父。でも、最近は子供をしかる親が少なくなった。そして近所の怖いおじさんがいなくなった。

悪いことをすると、怒鳴って体罰もした。そんな親父は昔のはなし、こどもに嫌われたくなく、ご機嫌取りの親までいる。単なる仲良し親子だけなら社会の厳しさや、ルールを誰がつけるのだろう。

「親の小言となすびの花は千に無駄の花はない」「冷酒と親父の小言は後になって効いてくる」が昔から言われている。そんな言葉が懐かしくなった。これからは、毎日親父に、こ言を言て欲しい。そして素直に子供が聞き、真の「家族の絆」を作って欲しい。

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