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2010年8月 7日 (土)

戦争と隣組から連想

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05detohama11 終戦記念日というと1945年(昭和20年)8月15日である。私は8歳であった。3月10日東京大空襲で9万人の犠牲者がでたという。その時東の空が赤々となった。8月2日に八王子がB-29の170機で空襲され450人の犠牲者がでたという、夜空を赤々と映し出されていたことは記憶に残っている。

8月6日に広島・9日に長崎に願し爆弾が落とされ、多くの犠牲者が出たというのは、その当時にうわさで聞いていた。

隣組単位で防空訓練などがあり、母親が、防空頭巾を被りバケツリレーで消化訓練をしたり、班長さんがみんなを集めて竹やり作りをしていた。

隣組単位の防空訓練で焼夷弾が落ちた場所を想定するために或る屋根に、赤い布を抛りあげたあと、隣保班長は意趣晴らしを果たしたときの勝ち誇ったような得意顔と 梯子を掛けて屋根まで大勢上がってバケツリレーで放水すれば 家の中は殆どすぶ濡れになるが、擬似訓練であった。

昭和の アカペラ 愛唱歌

生きるか死ぬかの心理状態で、動物感覚で一塊になって仲間意識を高めて助け合うことが人間の本能なのかもしれない。すべて、の行動を共にする。隣の家に、味噌・醤油などの借り貸しや、風呂までもらって入った。

だから、隣組の人が一日でも見えなかったら大騒ぎしたが昨今、高齢者の所在不明という、終戦当時まで考えられない、不思議な事態が起きている。それが調べていくうちに100人を超えそうである。

今、私たち片倉町会では、1995年(平成7年)1月17日(火)に発生した阪神・淡路大震災などの例を引用し、防災訓練を年1回行っているが参加する人は、殆んど決まっていて関心度は低い。

私たち片倉町会も、ご多分に漏れず、町会の少子高齢化は進んでいて、後10年先いや5年先がどうなってしまうのか心配はすれれども、成り行き任せ?である。子供達は他の地で、独立し生計を立てている。そのため、新婚さんはいなく、独り暮らしの方が増えて限界集落化している。

年寄り同士、肩を抱き寄せ共同も生活もできない。こう考えていくと将来が不安でたまらない。その不安は誰でも持っているが、みんな先のことで、なるようになるだけだと言う。

少なくても隣の家族のことは知っておくべきだ。それには「挨拶」をすることが先ず基本である。私たち片倉町会では、毎週(火・木)の2回防犯パトロールを実施しているが不安は尽きない・・・

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