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2010年8月 4日 (水)

高齢化と家族の絆

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05sikotuko31 超高齢化と家族の絆を考えて見た。
早く死ねれば楽になるのだが・・・と。3年前に亡くなった祖母の口癖だった。「早くお迎えに来てくれないかなぁー」と合うたびに言っていた。

最近都内の111歳の男性の方が24年前に亡くなっていて、家族の方が、「即身成仏 」いわゆる真言密教の教えで、生きたまま仏になるとい言っていたとか・・・。一つ屋根の下で暮らしていて、まったく誰にも分からなかったという、不可解な事件があった。役所でも死亡届けが出されていないということで、年金は出されていた、その年金が家族のよって一部引き落とされていたという。

役所でも、生存を確認されず、年金などの支給がされているのではないかと全国の地方自治自体で調べたら今までに20数人の方の生存が確認できていないという。年期など諸手当などが、支給されていた。

こうなった原因は、核家族化で親を看取ることもなく、一人暮らしにさせていた子供や、関係血縁の人が責任?そして、プライバシーの問題で、役所の確認もされず、放置された結果だろう。

誰でも、その当事者になったら、こんなに生きることが辛いことはない。兄弟・子供達などに忘れ去れさられ、それでも生きるということは、「将に生き地獄だ」と思う。政治が悪い・社会が悪いなど多くの意見はあるだろうが、余りにも社会構造が、変わってしまったこで、日本人の意識に問題と一人よがりの人間が多くなったことが一番だ。

そこで「絆=きずな」をもう一度考えて、「人間の生きる」について考えることが大事だと思う。自分は一人で生きていけると思っていても、絶対独りでは生きて行けないのだから・・・

そして、誰でも不必要な人間なんていないのだから・・・その日を笑顔で過ごせれば「笑い」は明日への生きる希望を得るための良薬になる。 奇跡が起きることは単なる他力本願だけはなく、自らの力と周囲の人々の力(願いや努力)が合わさり作り出されるものなのだ・・・即ち、それが「感応道交」(仏の働きかけと、それを感じ取る人の心とが通じ、相交わること)により起こり得る智力なのだ。

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