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2010年8月 4日 (水)

大阪2児遺棄のこと

07murasugi_watasuge11 どれほど寂しくて、苦しかったことだろうか。大阪市のワンルームマンションで、3歳の姉と1歳の弟が寄り添うようにして死亡していた。2人は母親にほったらかしにされ、食べ物も水も与えられていなかった。冷蔵庫に子供の手の指紋があったという。 死後1~2カ月たち、遺体は白骨化していた。あまりの痛ましい事件だ。

この母親は甘えている、としか思えない。勿論肉体的には、子供を産める身体になっているが、精神面では大人になっていない。23歳の母親は1年前に離婚して、母親は風俗業に勤めていたそうだ。この若い母親の両親はまだ健在?と思うが、この母親の小さいときの躾や、家庭教育はどうなっていたのかが問題で、母親としての認識は殆んど出来ていなかったように推察される。

虐待したり、育児放棄する親と言うのは、自分の罪に自覚はない。むしろ、虐待したり、育児放棄することが正しい育児もしくは躾だと思っていて、そうすることに快楽や正当性、達成感すら感じ、元々、自分が極悪非道な人間で愛情がないなどとは全く考えない。

このお母さんは自分が子供を愛していないと感じ、その理由は自分が親の愛を知らないからと言っているそうだ。だから、彼女の頭の中に何らかの理想とする親の愛があって、現実にはその通りできない自分にいつも、はがゆさ・いらだちを感じていたのだ。

または、彼女は親の愛を知らないのでなく、それなりに知っているけど自分にはそれができない、なぜなら、親がこんな自分にしたからだと勘違いしているのでは、という推測もされるところだ。

だが、それはこのお母さんが現実の子供や育児そのものを見ているのではなく、常に自分の理想を無意識に子供に押し付けているから自分なりの育児への“満足感”を感じられないのではないだろうか?

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