敬老の集いに思う
昨日は、私の住む町(片倉一丁目町会)で敬老会(敬老の集い)を崔した。70歳以上を対象に人数を確認して、210名だったが、実際にはもっと多い思う。自己申請で申請しなかった人を含めると260名ぐらいになるのではないか?・・・。
3週間前から、記念品の手配を行い、婦人会の方に、二日前から手料理をするために材料の買出し、煮炊きをしてもらい。立派な美味しい料理が出来た。2時間の歓談と、カラオケ大会など飲食を共にし、大いに盛り上がって楽しいひと時を過ごしていただきました。
私たちの町も、少子高齢化が進み、子供の遊ぶ姿を見る数が少なくなった。そして悲しいことに毎年十数人が亡くなられている。
老人(65歳)といわれる方は増える一方で、元気な方で、仕事をしている人が多いように思える。そのため、老人会(当地区は福寿会)の組織があるが、会の人数は少ない。
まして、町会の主たる組織の町会の役員・交通指導員などの役員に成り手がいなく、困ってしまっている。一旦役員を止めるに辞められないので、役員の万年化が進み会の維持さえ心配となってきた。こんな状況は近くの他の町会も同じようで、大きな社会現象であるのが実感である。
そんな中で、行事の準備などでも、役員の中で、勤めで出られない人がいたりするので限られた人の負担が大きくなり、自分もその一人である。
自分も70歳を過ぎお祝いされる一人であるが、お祝いされるどころか、気を使い身体を使い、心身とも疲れ果てた状態であった。
よく考えて見るとちょっとこの現象はおかしい。毎年同じ事でなく、出きる範囲の企画で行うことだと思え、一人の人に負担が掛からないようにしなければとおもう。
もうそろそろ私も役員をリタイヤし、選手交代の意思を表明しようかと思う。
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