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2009年6月14日 (日)

プロレスラーの死

07kitayamazaki31 私は、プロレスのテレビ中継をよく見る。(熱中するまではいかないが)かなり危険なスポーツと思う。これで毎日続けられるものだと思っていたが。ノアの社長でもある三沢光晴さんが亡くなったという。ショックな記事を見て、やっぱり危険な仕事何だと改めて知らされた。

小橋健太選手のように腎臓癌の摘出手術を受けても復帰すると言う逞しい精神力とハードな練習は、フアンに感動を与えている。格闘家と言われることがあるが試合は危険がある。

力道山・ジャイアント馬場・ジャンボ鶴田の死・三沢光晴の死には、どんな屈強な人間でも、儚い命なんだと思わずにいられない。人間はみんな同じなんだ。それだけに、試合は命掛けの仕事だ。当然覚悟はしていたと思うが、プロレスの人気に影響が出ると思う。

毎日新聞web・・・13日午後8時半ごろ、広島市中区基町の広島県立総合体育館であったプロレスリング・ノア広島大会で、試合中にノア社長でプロレスラーの三沢光晴さん(46)が倒れ、心肺停止状態で広島大学病院に救急搬送された。県警広島中央署によると、同10時10分に死亡が確認された。同署は主催団体や対戦相手などから事情を聴いている。

大会関係者や観客によると、三沢さんはこの日タッグマッチに出場。相手のバックドロップを受けて頭を強く打ち、動けなくなった。レフェリーが三沢さんに「動けるか」と聞いたが、三沢さんは「動けない」と答えた。試合はそのまま中断。医師だという観客の男性が自動体外式除細動器(AED)で蘇生を試みたという。当時、約2300人の観客がいた。

三沢さんは栃木・足利工大付高でレスリング部に所属し、81年に全日本プロレスへ入門。84年にマスクマンのタイガーマスク(2代目)となり、人気を博した。90年からはマスクを脱ぎ、本名で活動。ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田両選手(ともに故人)に次ぐエースとして活躍した。00年に全日本を退団してプロレスリング・ノアを設立し、社長を兼務。受け身のうまさには定評のあるレスラーだった。

試合会場では、観客の看護師、竹本麻紀さん(31)=東広島市=は「子どものころからプロレスが好きでよく見に来ていた。まさかこんなことになるなんて」と涙を流しながら語った。広島市安佐南区の男子大学生(20)は「バックドロップで頭を打って意識不明になった。救急隊が長い間、心臓マッサージをしていた。三沢さんは試合中、頭を振る仕草を見せ、調子が悪そうだった。

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