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2009年6月15日 (月)

草取りで汗をかく

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今日の名言

人間というものは、ふだんから目の前にあるものよりも、過ぎ去ったもの、なくなったものに、あやしいまでの愛着を持つものである。
『朝鮮短篇小説選』(下)

05tasiroike11一鍬で盗みし水の音高し 遊田久美子

この「水盗む」も、使われなくなった季語の代表格だろう。しかし新しい歳時記にも、依然として「水番」の傍題で載せられている。昔の句を読む際の手引きになるからだ。昔といっても、掲句の場合はおそらく昭和三十年代くらいの作ではあるまいか。

その頃まではまだ農事用水が貧弱だったので、水争いは各地で発生していた。日照りがつづくと、田の水が干上がってくる。水を平等に確保するために、農民同士いろいろな約束を結んではいたけれど、それを無視して夜陰に乗じ、自分の田に水を引き入れるのが「水盗む」だ。そうはさせじと見張りを置く。これが「水番(みずばん)」。

いくら約束事があっても、自分の田の水がなくなってきたら、どうにかしたくなるのは当たり前だ。そのままにしておけば、秋の収穫は望めない。やむなく作者は夜中こっそり田に出ていって、ほんの「一鍬」だけ入れて、畔の隅の方に小さな水路を作った。

途端に水が注ぎ込みはじめたのだが、あたりの静寂を破るほどの轟音に聞こえたと言うのである。昼間だったら、ちょろちょろ程度の音だろう。水泥棒という後ろめたさが伴うので、作者は心臓が破裂しそうになっている。年に一度の収穫しかできない稲作仕事は、ある意味で博奕商売である。

負けたら、確実に飢えが待っている。それを避けるためには、他人の水にだって手を付けなければならぬ。この国の農業は、一方でそんな暗い歴史を背景につづいてきた。私と同世代の作者の家は代々の農家だそうで、進学の希望もかなえられなかった経歴を持つ。元農家の子の心にも、深く沁み入ってくる作品である。『鎌祝』(2009)所収。(清水哲男)

岩清水 流れる水や 音涼し

近くの片倉城址公園の池に流れ込んでいる水の元は、岩から湧き出ている。最近雨が多いせいか湧き出る水の量が多い。青楓を通りぬける風は、草取りを行って一休みが気持ちがいい。

雨が降り雑草が伸びるのが早い、草によっては、すぐ種をつける。種をつけられたら、今年のうちにまた芽が出て、生い茂ってしまう。雑草の生命力に驚かされる。昨日は一日中、草と格闘した。だが、まだまだ草を取らないければならない。

草取りといえば、「上農は、草を見ずして草を取る・中農は、草を見て草を取る・下農は、草を見ても草取らず」・の言葉を思い出す。農家の夏は、草取りと格闘である。昔、小作農の親父に手伝わされたことで、草取りが一番辛かった思い出がある。

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