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2009年6月13日 (土)

黒南風の山越え

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今日の名言

どうしても言い分を通そうと思って一つ事だけ言っていれ ば、必ず勝つにきまっているものだ。
ゲーテ『ファウスト』(第一部)

386351黒南風の岬に立ちて呼ぶ名なし 西東三鬼

こういうのを黒南風というのかな、と思う日があった。東京に梅雨入り宣言が出される少し前、ぬるくまとわりつくような風と細かい雨が、一日街をおおっていた。帰宅して、歳時記の黒南風のところを読んでいて惹かれたのが掲出句。

岬に一人立って思いきり大きい声で、あるいは声にならない声を心の中に響かせて、誰かの名を呼んでいる・・・というのなら、それが冷たく突き刺さる北風ではなく、生暖かい黒南風であればなお、じんわりとやりきれなく寂しい。そこをきっぱり、呼ぶ名なし、と言い切っているこの句には、ものすごくがらんとした深い孤独感が、強烈に存在している気がした。

以前から気になっていた、三鬼、という俳号のいわれなど見てみると、1933年に三十三歳で俳句を始めたからとか、サンキュウのもじりだとか、諸説。気になるのはむしろ、なぜ「鬼」か、なのだけれど。『図説俳句大歳時記 夏』(1964・角川書店)所載。(今井肖子)

丹沢の 山塊超えて 黒南風 頬を震わす

どんどん雲の塊が丹沢山塊の屏風岩を駆け上り、北へ北へ転がるように走っている。昨日、散歩しながら感じた。近くを流れる湯殿川の水を取り入れて、田植えが真っ最中である。

近くの山の栗林に真っ白く花かんざしを着けている。渡り鳥のムクドリ?の群れが田んぼを耕す耕運機の後をついて餌を探している。

昔親父が言っていたことを思い出す「栗の花が真っ白くなったら田植えをするんだ!」それまでにお蚕の「春子」を片付けるのだ。なんだか栗に花の匂いが気になる年頃を思い出す。

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