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2009年3月10日 (火)

東京大空襲

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今日の名言

たとい政治家が時と場所とをわきまえずに施政したために、いく千万の人間が禍(わざわ)いをこうむったとしても、その跡を吟味した学者は、きっとこう言うでしょう。あれは、ああならざるを得ぬ理由があって、ああなったのだ、と。
中江兆民『三酔人経綸問答』

07tamurano_yuhi31駅の灯の遠く三月十日かな 中田尚子

電灯に照らされるプラットホームに立ち、ホームに入る電車に乗り込むという行為はごく日常にありながら、駅の灯を思うときには、なぜかいつもはるかかなたに存在するように思う。悪夢には、追いかけられるものと、追いかけても決して近づけないものがあるのだそうだが、遠い灯は後者の代表的なものだろう。

昭和20年3月10日、東京大空襲。作者は昭和30年代の生まれであるから、実際の戦争体験はない。がしかし、戦争の記憶は、語り継がれることで後世の身に刻まれていく。悪夢を例にあげるまでもないが、掲句の「遠く」は単に距離や過ぎた年月だけをいうものではないだろう。

か細くまたたく駅の灯は、さまざまな人々の戦争のおそろしい体験が、時代を超えてそれぞれの胸に灯される。東京大空襲では、10万人を超える人々をこの世からぬぐい去った。この日、堅川に暮らしていた父は、両親と姉二人を亡くした。会うことの叶わなかったわたしの家族。うららかな日和であればあるほど、遠い日が切なく、恨めしい。「百鳥俳句選集第2集」(2008)所載。(土肥あき子)

東京大空襲の、東の空が赤々と夜空を焦がしていたのが、今でも記憶に残っている。三月十日は今日である。

大きな中華鍋に油を注いで、人間野菜を炒めてしまったような光景で遇ったろうと想像できる。醤油爆弾は不発弾を見たことがある。一辺が3センチの六角形で長さが40センチぐらの鉛筆のようであった。B-29の爆撃機からなん万の数で落とされ破裂して何十万人の人間を死傷させた。今更ながら、戦争の悲惨さは忘れあることはない。

ところで、私は突然体調を崩してしまった。お腹に銃撃を受け背中に抜けるたような胃が痛くなた。早速、胃腸科専門の病院に行き診察を受けた。胃カメラの検診予約をし、しっかり見てもらうのだが三十日である。医師は胃酸過多と診断したが?

そして、研修旅行、法事などが重なり、ブログ執筆を中止せざるを得なかた。心配したが今は痛みはなくなった。広場の草取りでのボランテアで汗をかき、下着を取り替えないで、身体を冷やしてしまったのが原因のようだ。気をつけないと! 年寄りの冷や水?

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