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2009年3月27日 (金)

天城峠

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今日の名言

他を嘲(あざけ)るものは同時にまた他に嘲られることを恐れるものである。
芥川竜之介『侏儒の言葉 文芸的な,余りに文芸的な』

191104011春濡れの雉子鳩の翅役者の子 栗林千津
雉子鳩の見える風景から、旅役者の子を思う。旅役者子といえば「伊豆の踊り子」。百恵ちゃんの「かおる」も良かったが、何といっても吉永小百合だ。映画の最後の場面で、一高生川島と別れたあと、酔客たちに囃されながら奴さんの振りで踊っている小百合ちゃんの可憐さが強烈に心に残った。

映画化されたものの中だけでも、この二人のほかに、田中絹代、美空ひばり、内藤洋子、鰐淵晴子。どの「かおる」もその時代のニキビ面の青年の胸を揺さぶったに違いない。この句の作者は現実的な空間の中でのドラマ仕立てを意図する傾向にはない。

「春濡れ」という伝統派にはない季語の用い方や、鳥なのに「羽」を用いず「翅」というところにその特徴が出ている。違和感や屈折感をも利用して言葉が内面を象徴するように願う方法。そう理解していても読者の側からあえてドラマに引き込んで鑑賞したくなる俳句もある。『蝶や蜂や』(1990)所収。(今井 聖)

川端康成の伊豆の踊り子・・・「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た。私は二十歳、高等学校の制帽をかぶり、紺飛白の着物に袴をはき、学生カバンを肩にかけていた。一人伊豆の旅に出てから四日目のことだった。修善寺温泉に一夜泊り、湯ケ島温泉に二夜泊り、そして朴歯の高下駄で天城を登って来たのだった。…」

豆の踊り子 であまりにも有名な天城峠だが, かつてその路は急峻な地形のため, 切り立った崖の上, 岩を刻んだ階段等にもつくられ, 天城越えで尊い命を落とした人も少なくないという。
天城峠と言えば、天城トンネルである。日本の現存する道路用トンネルとしては最大長(445.5m)を誇る石造りトンネルと言うことで、平成13年に全国で初めて重要文化財に指定されたそうである。
実際歩いて峠を越えた体験がある。今はちょっとしたハイキングコースのような感じであった。あぁーこんな歌があったなぁー
       踊子
        作詞 喜志 邦三
        作曲 渡久地政信

        唄 三浦 洸一
      
      さよならも 言えず 泣いている 
      私の踊子よ ああ 船が出る
      天城峠で 会
(お)うた日は
      絵のように あでやかな
      袖が雨に 濡れていた
      赤い袖に 白い雨

      月のきれいな 伊豆の宿
      紅いろの 灯に
      かざす扇 舞いすがた
      細い指の なつかしさ
      さよならも 言えず 泣いている
      私の踊子よ ああ 船が出る

      下田街道 海を見て
      目をあげた 前髪の
      ちいさな櫛も 忘られぬ
      伊豆の旅よ さようなら

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