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2009年3月31日 (火)

生きていることを証明する春

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今日の名言

ただ過(す)ぎに過ぐるもの 帆かけたる舟。人の齢(よはひ)。春、夏、秋、冬。
清少納言『枕草子』

07akitakoma_sumire11春荒や水車は水を翼とし 菅 美緒

辞書のうえでは春の嵐と同義にされる「春荒(はるあれ)」だが、心情的には「嵐」とひとくくりにされるより、もっと春の持つ爆発的なエネルギーを感じさせる独特な荒々しさを持っているように思う。

掲句では、激しい風にあおられながら、水車のこぼす水がまるで白い翼を持つ生きもののようだという。村上春樹の小説『納屋を焼く』(新潮文庫)に「世の中にはいっぱい納屋があって、それらがみんな僕に焼かれるのを待っているような気がする」という印象的な文章があった。

そこにはあらゆる種類の暗闇が立ちこめていたが、掲句では水車が能動的に羽ばたくことを選び、大空へ飛ぶチャンスをうかがっているように見える。それは人をやすやすと近づけることを許さない「春荒」という季題が、水車に雄々しい自由と自尊心を与えているのだろう。

子のごとく母を洗へり春の暮〉〈交みゐて蛙しづかに四つの目〉『洛北』(2009)所収。(土肥あき子)

「春」をよく考えると、長い冬に蓄えたエネルギーを爆発させる。そのすざましい力は春夏秋冬でも一番である。「草燃える」土の中まで熱せられれて生物が一斉に蜂起するからである。そして、眠りから覚め先ず何が何でも子孫を残すために植物は、花を咲かし、種を実らせるもの、またじっくりさらに養分を取って力をつけて花を咲かせ種を実らせるものもある。

動物達は、その自然の法則に沿って、植物の恩恵を受けて子孫を残すことに懸命にいき続けるのである。そこにはあらゆる生物が互恵を認め合っていき続けているのである。

地球上に存在する生物は数えきれないがある程度のバランスを保っている。しかしそのバランスを崩そうとしているのが人間の勝手な仕業である。もっとそのことに関心を持って、本来に自然の力を認める事が重要であると同時に自然の摂理に刃向かう事は人間事態の崩壊につながる事だと思う。

桜が咲き、大勢の花見客で賑わう道端で可憐に咲いているすみれは、見捨てられているが、あの紫色の花、私は、じっと見つめていると、派手に咲くと対照的で、いとおしいさえ感じるのである。「あらゆる生物の生きていることを証明する春」である。

昨日は検査入院をして来た。病院の窓から少しだけ咲き出した桜を見た。良く晴れた一日をベットで過ごした。ちょっと退屈な日であった。

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