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2009年3月 8日 (日)

金権政治とは?

08take_yuki21民主党代表の小沢一郎氏が、西松建設がらみで公設秘書の大久保容疑者の逮捕で政界が、一気に雲行きが怪しくなってきた。

今国民の誰もが感じている不況のは、政治が解決しなければどうする事も出来ない。日本の政治は異様な光景である。景気回復が最優先であるのは言うまでもないが選挙して国民の真意を問うことが必要だ。

定額給付金をばら撒きをして選挙目当てと非難されていた案件も、実施されることとなり、与党の自民・公明党の思う壺と思っている姑息な考えなど、政治の貧困である。

そんな思いのする今日この頃であるが今朝はジャーナリスト田原総一郎氏のコラムで「金権政治は悪なのか?」のwebが目に入った。「なるほどそういう見方もあるんだ!」考えさせられた。

なぜ、日本にはバラク・オバマがいないのか。

その理由は、よく言われているように、政治家が家業になってしまったからだろう。お寺の息子が和尚になるように、政治家の息子が政治家になる。政治家の子どもは「日本をこうしたい!」と思って議員になるわけではなく、家業を継ぐように政治家になる。

昔の自民党はしたたかで、世襲政治家を首相にすることはあまりなかった。最初の世襲政治家の首相は、1954年に就任した鳩山一郎だった。以後、91年の宮沢喜一まで世襲で首相になった人物はいなかった。世襲はダメだということが自民党の議員はわかっていたのだ。世襲政治家は修羅場をくぐっていない。宮沢さんも頭はよかったが、パワー不足で頼りなかった。

宮沢さんの次に世襲で首相になったのは96年の橋本龍太郎だった。以後、小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎と7代連続して世襲政治家である。

世襲政治家がこうも増えてしまった理由は、親の選挙地盤があるため、金銭面で無理をしなくていいからだ。たたき上げの議員は、政治家として生きるには無理をしなければならないので、金がどうしても必要になってしまう。

その代表格が田中角栄だった。だが、彼のすごいところは、田中角栄が首相になるまで、日本には旧帝大出身の高級官僚しか首相になれなかった。いわば、日本は階級制度だったのだ。これを小学校しか出ていない田中角栄がぶち破った。裏を返せば、田中角栄が首相になるためには、金権しかなかったとも言える。だから彼は、佐藤栄作にも池田勇人にも多額の寄付をしたのだ。

誤解を怖れずに言えば、私は、日本が階級制になるくらいなら、金権政治のほうがまだましだとさえ思っている。

アメリカの大統領選挙では、自分が集めたカネの額を公表している。しかも、その多くは個人献金である。ところが、日本では個人献金が少ないので、政治家は企業からカネをもらうしかない。しかし、企業の社長にとって、献金したにもかかわらず会社に何も得るものがなかったら背任行為である。一方、献金によって得るものがあれば贈賄になってしまう。日本で政治献金をする人は、賄賂と背任の狭間で活動をしている。

献金を集めることが難しいがために、カネの心配の少ない世襲政治家がどんどん増えてきた。そのためなのか、世襲政治家の多くが汚職とは無縁だが、大きな目標はない。

昔の自民党がよかったなどと言うつもりはない。しかし、歴代の首相には、池田勇人の「所得倍増」、佐藤栄作の「沖縄返還」、田中角栄の「列島改造」など、「日本をこうするんだ!」というビジョンがあった。

世襲政治家はそのような目標がなくても首相になれてしまう。これが日本の政治をどんどんダメにしている。

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