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2009年1月26日 (月)

夜回りと「寒柝(かんたく)」

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今日の名言

一袋の智慧は一つなぎの真珠にまさる。
『旧約聖書 ヨブ記』

20080120990742131寒柝のはじめの一打橋の上 本宮哲郎

季語は「寒柝(かんたく)」で冬、「火の番」に分類。火事の多い冬季には火の用心のために夜回りをしたものだが、その際の拍子木が「寒柝」だ。いまの東京などではすっかり廃れてしまったこの風習だが、まだ健在のところもあるようだ。

掲句、一読してすぐに、芝居の一場面の印象を受けた。いわゆる「チョーンと柝(き)が入る」シーンである。すこぶる格好がよろしい。だが、句に詠まれているのは現実だ。いっしょに回る人以外には、真っ暗闇のなか、観客どころか人っ子一人いやしない。

だから、ことさらに意識して橋の上から拍子木を叩きはじめることもないのであるが、そこはそれ、これから表で大きな音を出し、周辺の人々の日常世界を破るのであるからして、何らかのけじめをつけておいたほうがよい。

そして同時に、しばし非日常を演じる自身への景気づけの意味からも、橋という絵になりそうな場所からはじめたというわけだろう。こういう時、ただ何となく打ちはじめ、何となく終わるわけにはいかないのが人情というものだ。

観客など一人もいなくても、夜回りをする人の気分は、ほとんど役者のようにたかぶってもいるのだと思う。それにしても二度と聞けないだろが、寒夜ふとんの中にいて聞こえてきた「ヒノヨージン……」の声と拍子木の音。懐しいなあ。回っていた人には申し訳ないけれど、私には冬の風物詩なのであった。「俳句界」(2009年2月号)所載。(清水哲男)

夜回り、子供のころ、年の暮れに親父達が、夜になると、村の寄り合い所に集まって、4・五人づつで班になり、村を回った。その寄り合い所は、普段は誰もいないが、夜回りする時は窓に灯りが見えた。寒空に、「火の用心」「火の用心」の野太い声を聞いた。

現在は、親父の年になり時代も移り変わり、警察・防犯協会での指導で町内の有志で毎週火曜日・木曜日の夜8時から夜回りをしている。防止・蛍光つきのチョッキと腕章姿で拍子木を打ち鳴らし一年中回っている。ちょうど5年目になる。一班3・4人である。

お陰で、盗みなどは、少なくなったようだ。「寒柝(かんたく)」と言う言葉は知らなかった。辞書で見ると、「冬の夜に打ち鳴らす夜回りの拍子木。また、その音。」となっている。

恥ずかしながら、「寒柝」と言うことは今まで知らなかった。ネットで調べたら、以下のような句があったので記して見た。

寒柝や真直ぐになほす掛時計 白岩三郎

寒柝や真夜を灯して漁支度  塙三千男

仕舞風呂寒柝強く打ち込まる 永野秀峰

寒柝の一打一音にも気性   大西昭子

寒柝が合掌村の夜気破る   塩路隆子

寒柝や念入りに打つ村はづれ 西川よし子

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