« 寒中に咲く花 | トップページ | バードストライクと言う事故 »

2009年1月19日 (月)

水餅の思い出

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

今日の名言

ひとを罰しようという衝動の強い人間たちには、なべて信頼を置くな!
ニーチェ『ツァラトゥストラはこう言った』(上)

08take_yuki21餅切てゐるらし遠のく思ひのよろし 河東碧梧桐

餅を切る音を久しく聞かない。今はスーパーで、手ごろな大きさに切ってある餅を売っていたりする。といって、掲句の「餅切る」は、雑煮や汁粉のために少量を切っているのではないだろう。

昔は正月に入ってからもう一度餅を搗き、保存食として「かき餅」にしたものだ。箱状の容器に薄く伸べた餅を、包丁で細く短冊状に切ってゆく。たくさん切るのだから、この単純作業には手間がかかる。面白い作業ではない。厨のほうから、そういうふうにして餅を切る音というか気配が伝わってきた。切っているのは、おそらく作者の妻だろう。

その人は、何か深刻な「思ひ」を抱えているのだ。さきほど、聞かされたばかりである。いかし、しばらく静かだった厨から餅を切る音がしはじめた。そこで、作者がようやくほっとしている図だ。餅を切るという単純作業に入ったということは、その間だけでも「思ひ」は遠のくはずだからである。

でも、この「よろし」は作者自身の自己納得なのであって、切っている当人の心持ちは「よろし」かどうかはわからない。こうした自己納得は日常的によく起きる心象で、こんな気持ちを繰り返し育てながら、誰もが生きている。大正六年の作。冬の句だろうが、とりあえず無季句に分類しておく。短詩人連盟刊『河東碧梧桐全集・第一巻』(2001)所収。(清水哲男)

「水餅」と聞いて、昔のお勝手を思い出す。水餅は三戸ぐらいの大きなカメに一杯になるまで長方形に切った餅を水につけてカビを防いで、長く保管できた。家族が7人・8人の家族だったので、一人3個として20個ぐらいに一度に雑煮に使った。今では2・3人の家族では、その量は考えられない。

朝早くから、囲炉裏に火を燃やし消し炭で“鉄器”に並べて、焼いて、芋・大根の入った大きな鍋に入れ食べた。煙と灰のもうもうとした囲炉裏は大きく5・6人が座れる。囲炉裏は、最高のコミニケーションの“場”だったなあ・・・。

カメに残った水餅は、最後は長方形のかどが崩れていまうと言う欠点があった。水の中から取り出す時の水は凍っていた事もあった。

« 寒中に咲く花 | トップページ | バードストライクと言う事故 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 水餅の思い出:

« 寒中に咲く花 | トップページ | バードストライクと言う事故 »