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2009年1月14日 (水)

つれづれなるままに

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「木枯し」
ユーラシア大陸から日本に向かって吹いてくる季節風が日本海を渡るときに水分を含む。日本海側ではこの風をともない大雪を降らせ、太平洋側では、水分を失い乾燥した空気が木枯らしとなる。

何んと正月も14日である。今日はこの冬一番の朝の冷え込みと思える。良く晴れたが、風は冷たい。軒先の吊るしている籠のセキセイ・インコ、の胸元の羽毛がフサフサと膨らむように広がっている。しっかり止まり木に爪を立て、風に耐えているようだ。籠が風で揺れている。

「つれづれなるままに、日ぐらし、硯にむかひて、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。(序段)」

時の過ぎ行くを、寒中の空を窓越しに見て吉田兼好の「徒然草」のごとく心境を勉強して見ることに。

徒然草第10段

原文
家居のつきづきしくあらまほしきこそ、假の宿りとは思へど、興あるものなれ。よき人の長閑に住みなしたる所は、さし入りたる月の色も、一際しみじみと見ゆるぞかし。今めかしくきらゝかならねど、木立ものふりて、わざとならぬ庭の草も心ある樣に、簀子・透垣(すいかい)のたよりをかしく、うちある調度も、むかし覺えてやすらかなるこそ、心にくしと見ゆれ。多くの工匠(たくみ)の、心を盡して磨きたて、唐の日本(やまと)の、珍しくえならぬ調度ども竝べおき、前栽(せんざい)の草木まで、心のまゝならず作りなせるは、見る目も苦しく、いとわびし。
さてもやは存(ながら)へ住むべき。また時の間の煙ともなりなむとぞ、うち見るよりも思はるゝ。
大かたは、家居にこそ事ざまは推しはからるれ。後徳大寺の大臣の、寢殿に鳶ゐさせじとて繩を張られたりけるを、西行が見て、「鳶の居たらむ何かは苦しかるべき。この殿の御心さばかりにこそ」とて、その後は參らざりけると聞き侍るに、綾小路の宮のおはします小坂殿の棟に、いつぞや繩を引かれたりしかば、彼のためし思ひ出でられ侍りしに、「まことや、烏のむれゐて池の蛙をとりければ、御覽じ悲しませ給ひてなむ」と人の語りしこそ、さてはいみじくこそとおぼえしか。
後徳大寺にも、いかなるゆゑか侍りけむ。
       
住処が住む人に似つかわしく、好もしい感じなのは、現世のことであるから仮の宿りとはいえ感興をもよおすものである。
教養があり趣味のいい人が、のどかに住んでいる家には、射し入る月の色までもが、ひときわ心にしみて見えるものである。
華美なかんじではなく木立が何となく古びて、自然のままの庭の草も趣のある様子で、縁側は簀子(すのこ)、それに竹をすかして編んだ垣(透垣・すいかい)も作り工合に趣があり、何となくちょっと置いてある調度類がけばけばしくなくて、安らかなのが奥ゆかしい。
多くの工匠(たくみ)がぎょうぎょうしく磨きたて、舶来物や日本の珍品の道具類を、これ見よがしに並べ、庭の草木まで、ねじ曲げて作りこんでいるのは、見る目も苦しく、やりきれない。
そんなにしても、何時まで長生きできるのか、時が過ぎれば、たちまち消失してしまうものをと思えてしまう。
住処で住む人の人柄や趣味が推し量られる。
      
後徳大寺の大臣(藤原實定)の邸宅に鳶(トビ・トンビ)が来ないようにと縄を張っておられるのを、西行法師が見て、「鳶が来ても何の差し支えがあろうか。ここの住人の心は、そんなに殺伐としたものであろう」と考えて二度と訪れなかったと聞く。
だが、亀山帝の皇子である綾小路の宮(性惠法親王)のお住まいの小坂殿の棟に、いつか縄を張られたので、西行法師の前例が思い出されたが、「カラスが集まると池の蛙をとるのが可哀想なので、カラス防ぎをしておられる」と人の話にあるのを、なるほどと思ったことがある。
そうすると西行法師が非難した後徳大寺の御殿のトビ防ぎにも理由があったのかも知れない。

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