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2008年9月 9日 (火)

重陽の節供

今日の名言

まず食うこと、それから道徳。

ブレヒト『三文オペラ』

Yangtzeinthreegorges1菊の日のまだ膝だしてあそびゐる 田中裕明

本日重陽(菊の節句)。3月3日の桃の節句や5月5日の端午の節句、7月7日の七夕などの他の五節句に比べるとかなり地味な扱いではあるが、実は「陽数の極である九が重なることから五節句のなかで最もめでたい日」であり、丘に登って菊花酒を酌み交わし長寿を祈るという、きわめて大人向けの節句である。

旧暦では十月初旬となり、本来の酒宴はすっかり秋も定着している景色のなかで行うものだが、はっきり秋とわかる風を感じるようになったここ数日、落ち着いて来し方行やく末につれづれなる思いを馳せていることに気づく。

掲句では、むき出しの膝が若さを象徴している。四十半ばで早世した作者に、雄大な自然を前に無念の心を詠んだ杜甫の七言律詩「登高」の一節「百年多病(ひゃくねんたびょう)独登台(ひとりだいにのぼる)」が重なる。

眼前の健やかな膝小僧が持つ途方もない未来を眩しく眺める視線に、菊の日の秋風が底知れぬ孤独を手招いているように思えるのだ。『田中裕明全句集』(2007)所収。(土肥あき子)

webこよみのページより、重陽(ちょうよう)の節句はたびたび出てくる中国の重日思想から発した祭日。重日とは月の数と日の数が同じ数字となる日付。めでたい特別の日付と考えられました。ここでは9月9日と「」が重なっています。9が重なることから重陽の節句は「重九(ちょうく)の節供」とも呼ばれます。
次に重陽のですが、中国伝来の陰陽説によれば、奇数は陽の数、偶数は陰の数とされていました。9は一桁の奇数としては一番大きな数ですので「陽の極まった数」として陽数を代表する数と考えられました。ということで「陽の極まった数の重日」ということで「重陽」となったわけです。

重陽の節供は他の重日思想に基づく節供と同様に「日付」に固定された祭日です。それで現在では初秋の頃が重陽の節供となるのですが、元来は旧暦の日付で祝われたわけですので元は晩秋の頃の行事でした。

平安時代の初期に伝来し、始めは宮中行事として貴族の間だけで行われたもの。当時は中国から伝来したばかりの珍しい花だった菊を眺めながら「観菊の宴」を開き詩歌など読み、長寿を祈ったとか。

  杜甫の「登高」

  風急天高猿嘯哀   風急に天高くして猿嘯哀し
  渚清沙白鳥飛廻   渚清く沙白く鳥飛び廻る
  無辺落木蕭蕭下   無辺の落木蕭蕭として下り
  不尽長江滾滾来   不尽の長江滾滾として来る
  万里悲秋常作客   万里悲秋常に客と作り
  百年多病独登台   百年多病独り台に登る
  艱難苦恨繁霜鬢   艱難苦だ恨む繁霜の鬢
  潦倒新停濁酒杯   潦倒新たに停む濁酒の杯
 

風は吹きすさび、空は高く澄み、猿の鳴き声が悲しく聞こえる。
長江の水際は透きとおり、砂は白く、鳥が輪を描いて飛んでいる。
 
果てしない林の落ち葉は、寂しげに散ってゆき、尽きることのない長江の水は、湧きかえるように流れて来る。
 
万里も故郷を離れて、この悲しい秋を迎えた私は常に旅人の身で、ずっと病気がちの体で、今たったひとり、この高台に登っている。
 
苦労を重ねて真っ白になったわが髪が嘆かわしい。年老いて衰えたため、楽しみの濁り酒すら止めなくてはならい。

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