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2008年9月 4日 (木)

馬と農耕のこと

今日の名言

きのうの出来事に関する新聞記事がほとんどうそばかりである場合もある。
しかし数千年前からの言い伝えの中に貴重な真実が含まれている場合もあるであろう。

『寺田寅彦随筆集』(四)

05ainokura11_2一の馬二の馬三の秋の風 佐々木六戈

最近復刻された岩波写真文庫『馬』の冒頭に「馬といえば競馬と思うほどに、都会人の常識は偏ってしまった。しかし、文化程度の低い日本では馬こそは未だに重要な生活の足である」と記述がある。収められた写真を見ればこの本が編集された1951年当時、農耕馬や荷車を引く輓馬(ばんば)が生活の中にいたことがわかる。

といってもこれより数年遅く生まれた私には身近に働く馬の記憶はなく、馬と言えばこの記述にあるとおり競走馬なのだ。次々とやってくる馬はたとえば調教師にひかれてパドックを回る馬、レース前にスタート地点へ放たれる返し馬、ゴールに駆け込む馬の姿が思われる。

鋼のように引き締まった馬が、一の馬、二の馬とやって来て、次はと待つところへ秋風が吹きわたってゆく。三の馬が吹き抜ける風に化身したようだし、この空白がやって来ない馬の姿をかえって強く印象づける。

夏の暑さに弱い馬も涼しくなるにつれ生来の力強さが蘇る。秋の重賞レースも間近、颯爽とかける馬の姿が見たくなった。『佐々木六戈集』(2003)所収。(三宅やよい

「馬せいさん」といって1頭の馬を飼っていた。農耕馬である。「馬せいさん」は、その馬を荷車を引いたり、田んぼを耕したりしていた。しかし、自分は農家ではなかった。今で言えば「運送業」であり、「農耕業」だあった。6月の田植えの時期のなると農家の人達が、馬せいさんに順番で頼むのであるが田植えの時期が約20日間ぐらいだから、順番を決めるのが難しい。と親父は言っていた。一反幾らで請け負っていたのである。

そのうち、農家の家で、役牛(和牛)を飼うようになり、牛で荷車を使ったり、田んぼをうなたり、しろかきをするようになった。そうそう、子供の私に牛の鼻とりをさせられたことを思い出す。

鼻取とは牛の鼻に竹棹をつけて、牛を思うように歩かせるのである。一日朝から田んぼで歩いていると、牛も疲れるのだろう、いうこと聞かなくなり、歩くのをやめてしまい、困ったことがある。 

そんな思い出がある。

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